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Tantan1945



Last Updated: 4/18/2009

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City: 済南市長清区
State: 山东省
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February 14, 2009 - Saturday 
早 いもので、ここに来て丸一年になろうとしている。 8日に日本を発ち、上海から蘇州に行き、新しく拓けつつある新区の街並みを見学した。本当に驚く程、見 違える物になっていた。これからの蘇州の発展を暗示しているようであった。 これで4年後に東西を結ぶ地下鉄が完成すれば、交通も一層便利になるのは、目 に見えている。 またここで住んで見たい気がするほどであった。
11日に済南に帰って来た。相棒の森先生は6日に帰ってきており、一人で寂しい思いをしたことであろう。 部屋の湿気がひどく、洗濯しておいて あった下着が冷たく、湿っており、黴がはえているのには、呆気に取られてしまう。 酷い建物である。 冷蔵庫に入れていた、白菜や葱、卵が元気であったの には、感心する。 学生はまだ帰って来て居らず、静かである。 12日は副院長の蒋老師の結婚披露宴に参列させてもらう。中国で二回目の結婚式であった。  しかし大学の教職員200名以上が参加している、大変盛大な披露宴で、こんなに大勢から祝福されるのは、人生でも最高の幸せであったことであろう。末永 いご多幸を祈っておきたい。 授業は17日からであるが、まだ時間割が出来ていなかったので、暫く様子待ちをする。 今期からは二年生に教えることになる が、昨年の二の舞にならないよう、最初から気をつけたいと思う。
 
January 17, 2009 - Saturday 
4ヶ月ぶりに帰国。残念ながら心配していた通り風邪を引いてしまって、一向によくならない。咳と痰が止まらない! しつこいほどである。 しかし東京から吉治、征夫さんがやってきてくれて、温泉に入り、一年に一度の全員の再会で楽しく食事をすることにした。
November 19, 2008 - Wednesday 
済南での生活も8ヶ月目に入り、もう朝には零下になるという! こんなに寒いとは想像できなかった。 早速電気毛布とストーブを買って暖を取る。授業中もコートを着たままである。じっとしていると、冷えてくる。
1-2月はどれくらいになるか、想像も出来ない。 風邪を引かないように気をつけたい。
July 2, 2008 - Wednesday 

Current mood:  sneezy
.. ..
6月20日(金)
目覚ましなしで5時におきれるようになった。今日はさすがゴミ拾いは、止めてシャワーをして、旅程の確認をする。ホテル、航空便ともOKである。8時に出発する。崔さんは従姉妹を迎えるために、駅まで一緒に行ってくれる。荷物はそれ程多くはないが、パソコンが重い。7時から断水になるとかで、早めに済ませておく必要がある。8時に二年生4名が見送りに来てくれて、崔さんと于さんが新幹線の中まで荷物を運んでくれた。最後は涙を流しながら見送っていた。3時間で西方駅に到着、3年生の卒さんが出迎えに来てくれていた。早速近くのレストランで焼き餃子と青島ビールを飲む。暫く話をしてから、空港へ兄を迎えにリムジンバスで出掛けた、55分丁度に到着、飛行機もついたところであった。暫くすると兄が元気な姿で現れて、一安心する。帰りもリムジンで帰るが、降りるところが解らなかったが、カルフールで降りる。ここからホテルなで目に前にあった。荷物を部屋に運んで、ホテルのレストランで日本そばとビールを飲む。9時半に帰ってInternet接続を試みたが、うまくつながらず、何人もが来たが、駄目であり。その後解決できずであった。 青島の町はさすがきれいで、気持ちが良かった。やはり都会である。洗練されている印象が強かった。

6月21日(土)
6時に起床。昨日は寒かったので、少し喉が痛い。7時に和朝食を食べて、散歩にです。近くにJuscoがあり、街の真ん中にこのような大きな店を作るとは、さあすが中国である。9時過ぎに卒さんともう1人の友人が来てくれて、バスで中山公園へ、リフトで往復40元に乗って、テレビ塔に登る。これが50元だったが、リフトは乗った価値が十分あった。お陰で高所恐怖になり、テレビ塔から下を見るのが怖くなってしまった。あいにく霧で視界が悪かったのは、残念だった。昼食は海鮮料理ということで、海水浴場まで出掛けて、やっと決まり、鯛を煮付けて貰った。 その後桟橋を散策して、Olymoicヨット会場を見学して、コーヒを飲んで帰ってきた。ホテルの部屋を変えてもらってやっとInternetが繋がり、メールを確認した。森氏からChatがかかり、喜んでくれた。 夕食はホテルのレストランでうどんと肉どんぶりでまたまたお腹一杯になる。日本のプロ野球の実況があり、巨人がソフトバンクに延長12回サヨナラ勝ちをしてくれて、ビールが美味しかったが、青島の缶ビール(350CC)がなぜか15元もするのは解せなかった。

6月22日(日)
5時に起きたが、早すぎたので、再度横になって、6時に起きて散歩に出掛ける。Plympicヨット会場を再度見て回るが、もう沢山の人で一杯、ジョギングをしたり太極拳をやったり散歩をしている人が目立つ。1時間少々でホテルに帰り、今朝は洋朝食を食べた。卵とベーコンであった。朝撮ったツツジのみずみずしい写真を早速PCに取り込んでおいた。 吉治さんと頼子姉さんと話をして、元気でいることを伝えておいた。 今日のスケジュールは、海底公園行きである。海水が綺麗なので、十分楽しめそうである。9時にホテルを出発した。入園料は120元で高い。それ程見るべきものは無かった。昼食を食べて、海水浴場に沿って歩いて、魯迅の別荘地へ、ここの入園料7元は高い。迎賓館はそれなりに、いいものであった。帰りは遠回りして帰り、カルフールで買い物をして、夕食をして、ホテルへ帰る。 亜暖さんから電話があり、明日は9時に来て、最後の青島を楽しむことにしたい。
少し疲れて、朝の起床は6:30だった。朝食を食べてから散歩に出掛けたが、Olympic会場には入れなかった。9時に王亜暖さんが青島土産を持って来てくれて、タクシーでビール博物館に行ったが、残念ながら閉まっていて、見学できず、仕方なく、極地海底公園に行く。何と60歳以上は半額の60元で、70歳以上は10元というサービスは嬉しかった。イルカのショウーはなかなか素晴らしいものであった。1時間程見学してからマクドナルドで昼食を食べて、青島ビール博物館に行き、ビールをたらふく飲むことができた。その後夕食はお粥を食べに行く、お腹一杯になり、ヒラメの姿焼きを食べて、75元/人であった。今日で大橋先生と別れることになり、明日は早朝にホテルを出ることになっている。 夜蘇州の邵氏とChatする。26日に蘇州に入ることを伝えておいた。また再会できるのを楽しみにしたい。 于翠娜さんに電話したが、繋がらないので、諦めた。 末永氏は何故か応答がない。 由香ちゃんからメールが入っていた。ウイルスかいたずらメールのメッセージがわからないとのことであったが、字が小さすぎて読めないことを返事しておいた。

6月23日(月)
5時半と少し早めに起きて、朝食を食べてから、チェックアウトを済ませて、バス停へ、ところが、6:40分しかないので、間に合いそうにないとのことで、慌ててタクシーで飛ばす。高速道路を通ってくらたので、7時過ぎには空港に到着することが出来てほっとした。E-チケットを烈さんが買ってくれていたので、パスポートを見せるだけでOKであり、なかなか便利である。おかげでエコノミー席の1,2番に座ることができた。1時間で上海へ、梅雨で霧が立ち込めていて、タワーも霞んでいたが、ホテルへ直行して、直ぐに部屋に入れてくれた。Internetも接続できたので、早速刑さんに着いたことを知らせておいた。 豫園でセルフサービスの昼食を食べてから、初めて"豫園"の中を見学した。40元と高い気がしたが、なかなかいいものであった。 その後歩いて、外灘の堤防を歩いてからトンネルを見つけて、浦東タワーまで出た。無人の電車であった。263mの展望台行きの100元の切符を買って登る。2年前からかなり値上がりしていた。案外空いていたので、寒いほどであった。2時間ほど粘って、明かりがつくのを待っていたが、痺れを切らして、近くの店で秋刀魚、野菜のてんぷら、ラーメンとビールで夕食を食べて、再び外灘の堤防を歩いてホテルに帰って来ることができた。8時半過ぎであった。刑さんと烈さんと連絡を取って明日再会することにした。

6月24日(火)
6時半に起床。散歩もせずに朝食のコーヒ用お湯を沸かして、パンを食べる。8時半にホテルを出て、上海博物館へ。歩いて10分程で着いたが、何と無料になったそうで、セキュリテーが厳しくなり、一台の機械で処理するために、延々2時間以上待たされてしまった。中での食事は高くつくと思い、弁当をコンビにで買ってきたが、食べるところはレストランしかなく、11時半過ぎに出掛けて、ビールを注文して食べた。見学は2時間も掛からなく、殆んど歩いた回った。2時半に出て、南京東路を探すがなかなか見当たらず、何度も人に聞いてやっとたどり着いた。さすが上海一の歩行者天国で人出もすごい物であった。ケンタッキィーでコーヒを飲み、やっと4時前になって外に出たら、刑君から電話が入り、場所を教えたが、伝わらず、隣の中国人に代わってもらって説明して貰う。しかし7時にホテルに来てくれることになり、外灘を散歩して、ホテルに6:45に帰ってきたら、まもなく電話があり、フロントまで来てくれていた。奥さんもいっしょであり、早速結婚祝いの夕食をたべるために近くのレストランへ行った。お土産は大阪のものであったのを渡すと、何と昔貸してあったグラブを持ってきてくれていた。社会保険庁に問い合わせをするための委任状を3通念のためにもってきていたので、日本に帰ると直ぐに問い合わせをしてあげなければならない。 シーフードの食事は蟹もあって本当に美味しかった。3ヶ月で元気になって再会でき、色んな話で花が咲いた。 9時にホテルに帰ってきて、明日は7:45にホテルを出る必要があるとのことで、早めに寝ることにした。今日も写真は200枚程撮った。

6月26日(水)
6時に起きる。パンとコーヒで朝食を取り、タクシーで上海駅へ。余りこんでいなくて、15分ほどで着いた。1時間以上待つことになった。電車は新幹線で蘇州まで30分足らずであった。まずホテルにチェックインして、昼食を食べてから、世界遺産の留園へ、ところが70歳以上は無料であるか書かれていたが、中国人だけであるとのこと。思わず腹が立って、中国人という言葉は一言も書かれていない、書かれたものを見せて欲しいと言ったが、拉致があかず、呆れてしまって。入園せずの北寺に行った。ここは始めtだったが、結構良かった。 その後寒山寺は3年振りに行き、隅から隅まで見て回った。時間があったので、歩いて大学の星賀先生に会いに行き。明日荷物を送り出すことを伝えておいた。科技学院も9月からは新入生も増えて、忙しくなり、給料も300元アップするそうである。5時に辞して、ホテルへ、愈君が彼女を連れてくるとのことで、買い物をして帰ろうと思ったら、彼らたちが先にホテルに着いていた。直ぐに夕食は卒業と就職祝いをしてから、運河のクルージングを楽しんで、10時前にやっとホテルに帰ってくることが出来た。明日は虎丘山と博物館をみて、夕食は愈君のお母さんに会う予定である。 

6月27日(木)
6時半に起床したら、雨が降っていた。今回の旅行で始めてである。じっとホテルでいるのも大儀なので、タクシーで虎丘山へ行く。70歳以上は無料と書かれていたが、さすがしっかりとしていて、中国人に限ると書かれていた。仕方なく60元を払って入山した。二回目であったので、殆んど覚えていたが、雨が段々と激しくなってきて、大雨注意報の予測どおりひどくなってきた。雷もなっていた。 タクシーで蘇州博物館へ、何と2007年から無料になったそうである。閲覧は直ぐに終わって、忠王府を見て回る。此方の方が見るものが多かった。愈君から電話が入り、拙政園を見たほうがいいと勧められたので、100M程しか離れていないので、歩いていく途中から雨が更にひどくなってきて、園内を見て回るのは、無理と判断し、諦めてホテルに帰ってきた。3時過ぎであった。 パソコンの電源を入れて、上海の写真が500枚を超えていて、Picasawebのアルバム一つで収まりきれなくなってしまい、No.2を作ってアップした。 今朝がたChatしていた于翠娜さんから論文を送ってくれていたので、添削して送り返しておいた。6時前に愈くんから電話があり、タクシーで蘇州古来の料理を食べに出掛けた。両親と烈さんも来てくれて、愈君の卒業、就職祝いと、私の生き返ったお祝いということで、乾杯をした。料理は質素ながらとても美味しかった。かなり迷惑を掛けてしまったのは、申し訳ない限りであった。 歓前街まで歩いてKFCでコーヒを飲み、飛行機代2,180元を現金で支払い、烈さんが蘇州名物のお土産を買ってくれた。毎度ながらお世話になりっぱなしである。 10時前にホテルに帰り、明日は6:00AMに出発して、6:20のバスで虹橋空港へ向かわなければならないとのことで、早めに寝ることにした。三度目ながらまたもや荷物を送り出すことが出来なかったのは、残念である。

6月27日(土)
気になってしまい5時に起きた。コーヒが無くなってしまったので、昨日貰って帰った紅茶とヨーグルトで朝食を済ませ、6時前にチェックアウトをした。Citiカードが使えないとうことで、中国の銀行カードで400元を支払う。 タクシーでバス停へ、最後の乗客であった。1時間25分で虹橋空港に着いた、少し早すぎて、またKFCで20元のモーニングを食べた。SC(山東航空)というのを始めて知った。なかなかこじんまりとしていたが、サービスはそれ程でもなかった。1時間15分で済南空港に着いた。リムジンで済南駅へ、1時間ほど掛かった。9路支線で済南大学まで出て、そこで86路で大学へ2時間少々、22元で帰ってくることができた。変えると直ぐに邵さんが明日の切符を持ってきてくれた。新幹線が取れたとのこと。是で早めに青島着くことができそうである。 洗濯をして、崔さんから論文が来ていたので、色々と話をして、夕食がてら構内を散歩する。二年生数名がまだ残っていた。りんごや水と菓子を貰う。 そしてお土産のタバコを買い、生ビールを飲んで帰ってきた。 明日は8時に出発して済南駅に荷物を預けて、趵突泉公園と泉城広場をみてから青島に向かうことにした。

6月29日(日)
夕べは寝なれた床であったので、ぐっすりと眠ることができた。7時に起きて、昨日かってきたパンとコーヒで朝食を取り、荷物をまとめて、8時に寮を出た。維持間15分で駅についたが、彼女は現れず、45分になってやっと来てくれた。小荷物預かり所で荷物を預けると一個10元であった。タクシーで趵突泉公園へ、7.5元で行けた。入園料は40元もする。雨が降り出して、慌てて、傘をひろげて歩く。前回来たときに殆んど見ていたので、最後の所で牡丹の掛け軸を思い切って買う。100元と言われたが、80元にして貰い、団扇と雑誌で100元支払った。昼食は園内にあるレストランで水餃子と趵突泉でできたビールを頼んだ。公園の隣りが泉城広場であることがわかった。しかし晴れてきて暑い程照り付けるので、アイスを買って木陰で休憩した。川に沿って北門まで歩き、そこからタクシーで駅にも戻った。銀行で航空券の変更手数料400元がいるので、現金をおろして、早めに新幹線待合室に入り、1時間は程昼寝をして、4時38分の四方行きに乗る。3時間退屈であったが、何とか寝ることもなく過ごす。亜暖さんから電話があり、明日空港で10時に会うことになった。 ホテルまでタクシーで37元掛かった。お腹が空いて、お金も少なくなったので、カルフールでラーメンとビールを買って食べた。美味しかった。 明日は8時半のバスで空港に向かうことにする。横関さんから日本語教師の資格試験を受けるとのメールが入っていた。

6月30日(月)
6時に起きて、Olympicの会場を見ようと思ったが、中に入れず、まだ工事中であった。赤い大きなシンボルは完成して堂々と立っていた。ホテルに帰り朝食を食べて、8時直ぐに出発、バスは1時間で空港に着いた。国際線のところでチェックインをしようとしたら、早すぎると断られた。その時王亜暖さんが現れた。彼女はこの近くらしい。お父さんが3年前に交通事故に会い、まだ療養中とのこと。気の毒な話を聞いてしまった。お父さんは彼女が大学に行くことを熱心に勧めているので、彼女も頑張っているとのことである。夏休みは伯父さんが働いている翻訳関係の仕事をアルバイトするそうである。3年生の卒さんが同じ会社ではたらいているとのこと。世間はせまいものである。 MU525便は定刻に離陸しようとしたが、電気系統のトラブルがあるとかで、1時間少々まって、離陸した。2時間で関空へ、4ヶ月ぶりの日本である。何故か大阪の街はこせこせとしていて狭くるいい感じがする。それ程暑くもなく涼しいほどであった。電車で猪名寺まで兄と一緒に帰ってきて、由香ちゃんが伊丹まで送っていってくれた。これで11日間のツアーが無事終わった。疲れか眠たい。 何故か腹が空かず夕食も欲しくなかった。風呂に入り、中国に行っていた間に届いていた手紙類を整理する。SHIは今季も5円の配当になっていた。マグがしきりに犬のように匂いをかいでいるが、まだ懐いてくれない。2-3日様子を見ることにする。
June 3, 2008 - Tuesday 
早いもので、こちらに来て、4ヶ月目に入った。5月分の給料をもう頂いてしまった。 6月の20日過ぎには年度末となり、夏季休暇に入るため6月分はその 時までにもらえるとのことで、気分はいいが、その代わり、7,8月の給料は無いので、大切に使う必要がある。帰国の航空券は買ってくれるとのことなので、何とか赤字 にはならなくて済みそうである。 5月31日から慌しくすごしたので、まとめてここに記すことにする。

5/31(土)
雨 かと思ったら風が強く吹いていて、少し寒そうだったが、外に出るとそれ程でもなかった。5時前であった。 グランドの内外のゴミが無くなって綺麗になっ た。これからは捨てるという勇気を出さないように訓練していきたい。 日本は昨日から入梅で平年より16日も早いとのこと。少し変な感じであったが、入梅 とは気づかなかった。ここではそんなものはないようである。王さんが腕を抑えて、少し寂しそうな感じで友人を待っていた。痛みがあって、ぐっすり眠れな かったのであろうか? 手は少し動くようになっていた。 今日で5月も終わりである。後3週間で今期を終えることになる。本当に早いものである。3ヶ月少 ししか教えていない。2ヶ月の夏休みがあり、中国も学生の勉強する期間は少ないようである。 2時間は正規の授業をして、3時間目は昨日のドラマの続きと第7、8話を見た。終わったのは、11時45分になっていた。 今日は青空市場があるとのこと で、慌てて出て行こうとしたら、大橋先生が英雄山へ行くとのことで、一緒に出掛けた。耿さんも一緒だった。 昼食を食べていなかったので、KFCで25元 のハンバーガーを食べた。結構美味しかった。 その後新世界市場で土産品を物色したが、いいのが見つからず。何も買うことにならなかった。 その後英雄山 の大きな碑のあるところまで、登って写真を撮り、降りてからラーメンを食べて帰ってきた。8時になっていた。

 6/1(日)
6月を迎え た。今朝も風があって涼しい。グランドを歩いて4周する。汗はかかなかった。 授業はあと2週間で終わる。 何となく早い感じがする。どこまで成長させる ことができたか?何人かは話すことがうまくなったような気はするが、どうであろうか。 帰国のチケットを支給してくれることになり、ほっとする。しかし、 1年契約をしないと、もらえないというのはおかしいと大橋先生が約束違反であると申し立てたそうである。契約書には1年間勤務したら、支給すると書かれて いたはずである。これは譲れないものである。 昨日に続き、SkyDriveの花アルバムに写真をアップするが、時間が掛かり、見るときもスライドショー の機能がないので、あまり芳しくは無い感じがする。3時過ぎから三人とChatする。疲れる。 話の途中で、街へ食事をしに行くことになった。今日は中国 の陰暦で子供の日だそうで、彼女たちは、まだ親離れしていないので、お祝いをして貰うのが嬉しいようである。済南大学の近くでビールが無料というところ で、魚料理のオンパレードでお腹一杯になるまで食べた。幸せ一杯になった。

 6/2(月)
今日は大学の公休日である。6時に起きる予定が 寝過ごして、6:24になっていた。今日はいつものメンバーと一緒に、済南市の名所である"灵岩寺"へ行くことになっていた。慌てて支度をしているところ に、彼女たちが現れて、何とか面目が立った。バスは直ぐに来て、乗る。降りるころになって、何と灵岩寺行きのバスは、土日しか運行されていたいことが判 明。やはり月曜日は事前に調べておく必要があることをまたもや、思い知らされてしまった。仕方なく、百花公園に行くことになる。その前に洪楼広場にあるキ リスト教会で説教をしばらく聞き、山東大学を見物する。外国語学院で日本語科を探したが、部屋が見つからず、崔さんの友達に連絡すると直ぐに来てくれた。 なかなかの好男子で日本語科の学生で、崔さんの高校時代も優秀だったそうである。食堂で朝食のパンとヨーグルトを食べるために入ると、我が大学と大違い で、蝿が居ない、ゴミが落ちていない、比べることが出来ないほど、清潔であり、教室もゴミが落ちていなかったのには、羨ましい限りであった。学生も何とな く、スマートであり、浮ついている感じがなかった。 やはり一枚も二枚も上である。 その後バスで百花公園へ行く、牡丹の木がかなりあり、さぞかし見事な ものであったことが想像された。来年はこの花を見に再度来て見たいと思う。 昼食は園内にある高級レストランに入り、ワインで乾杯をした。煙台ワインで結 構美味しかった。 日陰に入るとそれ程感じないがもう夏の日差しで暑かった。辛日北口でおりて、スーパで野菜を買い、喫茶店でコーヒを楽しんで帰ってき た。 7時からは"野猪の大改造"の9,10を見る。これですべてとのこと。しかしなかなかいいものであった。友情の大切さを教えてくれるものであっ た。終わってから汪さんが買った西瓜を皆で食べる。今夜の夕食はこれで十分だった。

 6/3(火)
夕べは寝るのは少し遅かったが、夜遅く 食べた西瓜のおかげで、トイレに行きたくなって、5時前に起きてしまった。 済南市もスーパのレジ袋が6月から有料になったそうで、少しはナイロン袋のゴ ミが減るかと期待したが、学生にとっては、あまり関係ないようで、相変わらずあちこちに捨てられていて、グランドに出るまでに30分以上かかってしまっ た。 丁度環境問題のゴミの話が教材に出ていたので、昨日の感想をみんなに紹介した。結論としては、食べ残す、ゴミ箱に捨てられないのは、子供以下である ということで、情けない実態には、寂しい限りであるが、少しずつでも、綺麗にする輪を広げて生きたいと思う。 夕食は3人を呼んで、味噌汁とサラダを作っ て食べて貰った。野菜Onlyなので、健康食である。 その後2年生全体で日本映画を見る。川端康成の"古都"であった。京都の20-30年前に映像で、 勘違いするのではないかと心配するほどであった。少し難しすぎるようで、途中でかなりの学生が席をたってしまったのは、残念であった。
....










May 9, 2008 - Friday 

Current mood:  thankful
4/29(火)
風が強いが、気温はかなり上がってきた。午前中は泰山登山と中間試験の報告をして、明日30日の授業は、午後から行うことにして、かなり昔の日本のドラ マ"東京愛情惜話"を三組と一緒に見たが、何故か三組は参加者が少なかった。終った後で、感想を聞くと、昔見たので、あらすじが分かっているようで、かな り速いスピードであったが、満足しているようであった。やはり最近のアニメを次回は見せてやりたい。 明日は何と一日水と電気が止まるとかで、急遽休講に なったようである。急な話はいかにも中国らしい。 やっと日本からEMSが届いた、6,000円の送料は高過ぎる!送って貰うのを厳選することが必要であ る。 泰山登山の写真をWebアルバムにアップして、友人20名ほどに案内しておいた。 7時に寮を出発して、7日までの八日間の山東省ツアーに出かけ る。どんなハプニングが起こるか、少し心配な面もあるが、のんびりと楽しんできたい。 少し早めにということで、7:30に寮を出る。見送りに3人も来て くれた。1時間半で済南駅につく、威海に帰る丹丹さんと一緒になる。新幹線用の待合室に居た。さすが綺麗である。待つこと3時間、30分前に列車に乗る。 済南が始発なので、早めに乗れるのは助かった。久し振りに三段ベッドの寝台で寝たが、うとうとしただけで、熟睡は出来なかった。さすが、事故の後の慎重運 転のせいか、1時間遅れて、煙台に着いた。午前7時だった。
4/30(水)
駅の出口は改札口とかけ離れていて、かなり歩き、やっとタクシーを捕まえて、朝食を食べに行った。その後。于さんの伯父さんが車で迎えに来てくれて、ホテ ルへ、政府関係の宿舎でシングルルームで一泊40元であるが、あまり綺麗でなく、シャワーも共用である。何もすることがないので、これで十分。すぐに近く の権氏の博物館を見学して、小さな丘に登り、早めの昼食を採ることになった。11時前であった。鯉のぶったきりで臭みも無く。お腹一杯になる。ビールも5 人で5本も飲んでいた。伯父さんに全て奢っていただき、感謝の言葉も無かった。 眠くなるで、直ぐに世界の植物園へ行き、綺麗な花や珍しい、トマト、ひょ うたん、南瓜の水栽培を見た。素晴らしいものである。牡丹ももうかなり咲いており、いい時期にめぐり合えた。3時間程過ごして、バスでホテルへ、直ぐに シャワーと洗濯をして、写真と取り込み、バッテリーを充電した。お腹はすいていないんで、夕食はパンと果物で済ませた。部屋からInternetができる か、Tryしてみることにした。 夕べ余り眠れなかったので、横になると、転寝をして10時まで寝て、一度起きたが、また寝てしまった。
5/1(木)
本当によく寝た、12時間は寝たような気がする。 風も無く暖かくなりそうである。パンとコーヒで朝食を取る。8時半に迎えに来てくれるまで、 Internetを試みる。外部への発信がだめで接続できず諦める。 8時半に于さんが大きな苺を持ってきてくれた。見事なもので、味も最高であった。暫 くして、王さんも到着。 外に出ると汗ばむほどで、直ぐにジャンバーを脱いでしまうほどで暑くなった。 しかし今日から5/1の連休のせいで、バスが全然 現れず、1時間程待ったが、タクシーが煙台行きを拒否して乗れず、やっとのことで、駅まで出た。少し早かったで昼食を採り、再びタクシーでワイン博物館へ 行った。彼女達も初めてのようで、30元は高いようであった。60歳以上は半額と書かれていたが、中国人の国籍でないと駄目とのこと。どこにも書かれてい ないのに、矛盾しているが仕方が無い。 1892年に300万元で設立されたそうで、中国最大のワイン製造所になっているそうである。高いブランデーは何 と4,000元も値段が書かれていて、こんなものを誰が飲むのかと思われたが、聞くことが出来なかった。地下の貯蔵庫で試飲があり、赤白ワインを少し飲ま せてくれた。まだ3時過ぎであったので、海岸と通りに出て、潮風に当たり、浜辺に沿って散歩する。久し振りに綺麗な海を見ることができた。4時に于さんは 伯母さんと会うことになっているとのことで、一人先に帰ってので、王さんとビールとアサリの蒸し焼きで喉を潤して、バスでホテルまで帰ってきた。夕食はホ テルのレストラントで食べることが出来なかったので、近くに出かけ、鯵の醤油炊きと牡蠣フライを作って貰い、部屋で食べた。これも久し振りの魚で満足をす ることが出来た。今日は写真を120枚しか撮らなかった。
5/2(金)
何度か途中で目が覚めたが。6時に起床。今日もいい天候になりそうであるが、西の方から下ってきそうである。 苺、コーヒ、牡蠣のフライで朝食を取る。  8時まで少し時間があるが、昨夜壊れたメガネを直すのには、自身がないので、彼女が来るまで待つことにした。 洗濯物がまだ乾いていないので、ナイロン袋 に包んでいくことにした。 直ぐに今回の2番目の訪問都市である威梅市へバスで向かう。連休中なので、混みそうな気がする。 8時過ぎに彼女が現れて、于 さんのお父さんが作ってくれた天婦羅を持ってきて呉れた。あり難いものであった。 チェックアウトを済ませて、メガネ屋にいくと、簡単に直して呉れた。バ スで40分ほど掛かって、煙台バスターミナルへ。すでに王さんは来ていた。威海行きのバスの待合には、かなりの列があり、臨時便の9時半発に乗ることがで きた。2時間で着く。途中の道は、威海の方が綺麗であった。海岸線に沿って走るので、景色も良い。 11時半justに威海バスターミナルに着く。まだ汪 さんの姿は見えず、少し心細くなったが、2-3分すると現れたので、ほっとする。 先にホテルにチェックインし、Internetが使える部屋は少し高い が、140元であった。李さんは、ここから1時間程離れているそうで、30分後に姿をみせ、早速昼食を採りに出かけたが、開店に間に合わなかったようで、 寿司にはありつけなかった。 食事後威海公園に行き、**島に渡ろうとしたが、今日は休航だそうで、明日再度挑戦することにした。諦めて、海上公園に向 かった。大きな公園で砂浜が見事であった。 海水浴ができるようである。 新鮮なイカの串焼きを食べて、お腹い一杯になる。 その後刺身を食べに海岸近く の日本レストラントに行ったところ、生憎休業と、さっぱりの歓迎には、参ってしまった。仕方なく、近くのレストランに行き、交渉して、韓国料理店から刺身 を取り寄せようとしたが、最低50元とのことで。諦め、スーパでお寿司を買ってきて、食べた。32元で済んだ。 本当にお腹がパンクする程になり、二駅程 歩いて、ホテルに帰ってきた。9時前だった。 大橋先生と森氏からメールが届いていたので、道中の様子を知らせておいた。
5/3(土)
少し風が強くて、寒そうであったので、長袖にした。風邪の引き始めの兆候で喉が痛む。 8時15分にホテルを出て、8時25分に集合場所に着く。バスで 15分程で、今日の観光予定の船着場に。観光料は120元と高いのには、驚く。"劉公島"という、威海衛の会戦の折に、舞台となった島のようで、日清戦 争、中国では甲午戦争と言うらしい。色んな残凱と記念品が保存されていて、観光客で一杯であった。いまは海軍の訓練基地になっているようである。 昼飯 は、目張るの醤油炒めとアサリの蒸し焼きで86元もした。 花もかなり咲いていて、チゅーリップが花盛りであった。一日島で遊び、3時半に港に戻り、市政 府の建物を見て、マーケットを散策して。汪さんの家によばれた。ホテルから近くにあった。 海の魚、海老、あさりと爬をたらふく食べさせてもらった。西 瓜、苺とお腹一杯ご馳走になった。お土産はタバコ一箱で、申し訳ない限りであった。明日の切符も買ってくれていて、本当にお世話になってしまった。 明日 は6時に起きて、"淄博市"まで行く。崔さんが叔母さんの家で待っていてくれる。何とか行けると思われる。
5/4(日)
今回のTourの後半に入った。 朝からとうとう雨になった。初めてである。結構降り方が半端でない感じで、駅まで出るのが大変になりそうだったが、段々 と小雨になってくれ。汽車に乗る頃には止んでいた。5時半に起きて、6時に風邪薬を飲んで、チックアウトをして、二人が来るのを待った。7時過ぎになって いた。バスが来ないので、タクシーで駅まで出た・朝食は昨夜買ってもらったパンですませた。昼間でも寝台車の方が楽なので、夜と同じスタイルで横になっ て、3時間ほど寝た。今回の三番目の都市である淄博市まで7時間掛かるゆっくりとした列車である。 しかし40分程遅れて、8時間掛かっていた。駅には崔さんの従兄と彼の彼女の三人が迎えに来てくれていた。雨の後で青空が広がり、少しのんびりした街であ るのを感じる。駅前の道が少し狭いようで。車が混雑していた。タクシーでホテルへ、ところが現金が少ないため、カードで支払いをしようとしたが、全然受け 付けてくれず、中国で発行したカードでなければ、だめとのこと。慌てて、伯父さんに頼んで、仮払いをしてもらった。明日銀行へ行って、円を換金しなければ ならない。 荷物をおいて、近くの公園や広場があるところを散歩する。綺麗なバラが咲いていたので、今日の収穫はあった。淄川の出身は車君であるが、彼に も電話をしてみることにしたが、その後連絡は無かった。 叔母さんと息子さんと4人でしゃぶしゃぶをまたまたご馳走になる。山羊の肉で、結構柔らかかっ た。地ビールを1本飲んでお腹一杯になる。 ホテルでは残念ながらInternet接続が出来ず、今日撮った写真150枚程を整理して、そのままの姿で横 になってしまうと、朝まで布団にも入らずに寝てしまっっていた。疲れは感じないが何時間でも眠れるのは不思議である。 喉がまだ痛い。鼻水の段階にならな いと、治らないので、まだ2-3日は、しんどさが続きそうである。
5/5(月)
いい天候であるが、霞んでいる。 半袖でも大丈夫のようで、気温も30'C近くまであがるとのこと。ホテルの朝食バイキングで腹ごしらえをする。喉が痛 く、痰が出る。身体がだるい。 今日は車君の故郷淄川市内を観光する。崔さんが9時にホテルに来てくれて、ひとまず中国銀行で現金を500元下ろす。一発 でみずほ銀行から直接元で引き下ろすことができた。 その後バスで淄川へ向かう。35分程かかった。淄博市の南にあるようである。 着くと暫くして、車君 がいつもの服装で現れた。昨日は威海に行ってきたが、雨だったそうである。伯父さんの車で公園まで乗せてもらう。12時半過ぎに見終えて、タクシーでレス トランへ、今度は車君のお母さんと従弟が待っていてくれた。小柄で日焼けしていて、保険の仕事をしているそうである。お元気である。 料理を一杯並べてく れた。ビールは5人で8本も飲んでいた。 記念写真を何枚か撮り、腹を空かせるために、もう一つの公園と動物園を散策、人民広場を回って見ることにした。 結構バラと牡丹の花が咲いていたのは、良かった。5時半にバスで淄博に帰ってきた。眠くて寝込んでしまうほどであった。風邪は鼻水の状態になってきてい て、何度かちり紙で拭くほどになってきた。 もう少しで直る段階である。 シャワーを浴びて、写真の整理をしたら、240枚程撮っていた。 森林公園へ 行った折の写真で、やっと唐琳琳さんの顔が分かった。 昼食にお腹一杯食べたので、コーヒとパンで簡単に夕食を済ませ、明日の最後の訪問地濱州を夢見て、 早めに寝ることにした。 9時半就寝。
5/6(火)
風が大変強いがいい天候である。気温は31'Cになるとのこと。半袖でも暑いほどであった。8時半にホテルをチェックアウトするが、崔さんの叔母さんが既 に支払いをしてくれていたそうで、申し訳ないことをしてしまった。学生の親に迷惑を掛けるのは、最低であるかもしれない。 濱州に向かう時に黄河を見るこ とが出来た。水は相変わらず、茶色というか褐色に濁っていたが、雄大なものであった。 濱州公園で見事なバラを思う存分撮る事ができて、満足する。それに しても市役所はその前の広場の広々とした大地は日本では考えられないものである。公園の管理だけでも大変なことであろう。市民のことを大切にする国であ る。中海には、空母が浮かんでも絵になるほど広い湖があった。崔さんの友人の馬文さんが案内してくれる。舞踊をやっているそうで、スマートなスタイルをし ていた。彼氏の車で就業中なのに案内をして貰う。 夕食は魚料理で何年振りかの鮒を食べた。歩いてホテルへ帰る。ビールを2本飲んだので、お腹一杯にな る。 このホテルはInternetが使えるので、3日分のデータをアップする。漸くにして山東省ツアーを終えることができた。皆本当に有難うさんでし た。6月の期末を終えて、ここでの講義が終るかもしれないので、本当にいい思い出にすることができた。11時過ぎに就寝する。
5/7(水)
今日もいい天気になりそうである。とうとうこのツアーでは雨には遭わずで、いい気候であったことは幸いであった。5時に目覚めて、そもまま起床。 PicasaWebアルバムへのアップロードを試みて。濱州の分は何とかできたが、他のものはなかなか一発で行かない。やっと3時間掛かって、今回のツ アー分を登録することができた。 何かの調子でサーバとの接続が切れるようである。 朝食は塩辛くて、あまり美味しくはなかった。 9時にホテルに来てく れてをチェックアウトして、同じ大学の学生と3人で済南に向かう。4時間半位でかえれるようで、早めに帰寮できそうである。 汽車駅のケッターキィーで昼 食を採り、K92と86路のバスで大学に無事帰ってくることができた。于さんはもう帰ってきていて、バス停まで迎えに来てくれた。 耿 丹丹さんには威海で遭えず、申し訳なかった。 しかし今回のツアーで 于さん、李さん、汪さん、王さん、車君、崔さんには大変お世話になってしまった。 お礼の言いようが無いほどである。 シャワーを浴び、洗濯をして、早め に寝ることにする。 11,12の天津行きの切符が買えたそうで、一安心する。何時につくか確認し、末永氏に連絡をする必要がある。これで、やっと学生の 故郷ツアーを無事終えることができた! どうも謝謝!  写真の詳細はhttp://picasaweb.google.com/tantan1945/ を参照してください。

April 14, 2008 - Monday 
実に早いもので、ここに来て一か月になった。昨日は半月分の給料を貰った。やっと要領も分かってきた。夕食は何とか自炊を続けることができたのは、以前と大きく違ったものになった。 しかし来週はもう中間試験をする時期になって、その準備を始める必要がある。 今日は月曜日なので、空いているのを見計らって、一人で市内にある"千仏山"に行くことにした。夕べ11時半まで起きていたので、今朝は目覚めたのが7時半過ぎであった。いい天気になった。 絶好の行楽日和であるが、一人であるというのは、少し寂しい感じであった。 藤の花がもう咲いているのを見つけ、カメラを取り出したら、情けないことにメモリーカードをパソコンに入れたままにして、持って来るのを忘れてしまうというドジを踏んでしまった。花は余り無かったので、何とか慰めることができたが、本当に残念であった。 結構階段が厳しく汗をかいて、上着を脱いでも気持ちよい風が吹いていた。韓国とか台湾にも関係してるのか、それらしき建物があった。仏陀のお寺が沢山あった。 頂上からは素晴らしく市内が一望でき、かなり大きな街であることが分かった。大きなビルも結構建っている。山手には住宅街が広がり、山は植林されていて、木が多くあった。 行く時たまたま2年生の3人と一緒になり、バスには問題なく乗れ、降りるところも教わったが、帰りはわき道に入って西口から出てしまったので、少し慌てた。周りに広い公園があったが、ここにも花は余り無かった。バラが咲く頃にもう一度来てみたい。泉城植物園の隣である。 バス代の1元が無かったので、仕方なく、山東大学の構内に入れてもらった。工学部系のようであった。総合大学とは趣が異なり、落ち着いた雰囲気が感じられた。水を買ってやっとお釣を創り、バスに乗った。降りる駅名が不明だったが、辺りの景色を頼りにして、今回は無事スーパを見つけて、買い物をすることができた。結構色々と買ってしまった。バスの乗ると席がなかったが、若者が快く譲ってくれて、ほっとし、中でまたもや居眠りをしてしまうほど、疲れてしまっていた。夕食を早めに食べて、7時からの会話倶楽部に備えた。 今夜は集まりが悪く、2人だけで、結局ゴールデンウィークの計画を作ることにした。4/30の夜行列車で煙台から威海まで足を伸ばし、帰りは濱州で降りて、観光をすることにした。1週間丸々の旅行となり、中国の広さを思い知らせられる感じである。是非楽しみに遊んでみたいと思う。 
March 15, 2008 - Saturday 

Current mood:  animated
本当に長かったが、やっと第二の人生の目標である中国での日本語教育を再開することができた。たまたまChinaJobに登録していた中から、山東連合大学から要請があり、一度様子を見学させてもらい、家族の了承を得て、やってきた。空港から40分ほど離れていたが、途中街らしいものはなく、大変静寂で、のどかで中国らしい雰囲気がない、大学の周りには、学生が遊ぶようなものが何も無い。学内に教室、食堂、スーパ等全てが揃っていて、市街まで出かける必要がない。 済南市までバスで30分位かかる。
 担当する学生は、1,2年生の視聴覚で会話とヒアリングであり、大声でしゃべり、ゆっくりと話すことがかなり骨が折れる。
 しかし、ここは勉学に勤しみ、病み上がりの身体には、ももってこいの環境であり、本当に皆さんに感謝をしたいと思っている。 
 目的の中国語も少しずつ、マスターできるよう頑張りたいと思う。
February 12, 2008 - Tuesday 

Current mood:  voluminous
三連休の初日2/9--土-- ソフトボール同好会のメンバーと家族8名で、超安価な蟹ツアーに行ってきた。梅田を出て、高速道路で岡山を通り、峠前後から雪が横殴りで吹雪、帰りが心配になるほどであったが、除雪車がしきりに走っていて、チエーンを付けることなく、予定より少し遅れて到着した。驚いたことに空には太陽が顔を出しており、風のなく寒くはなかった。蟹一匹の姿と甘エビ、蟹飯の昼食であったが、冷凍を湯がいたもののようで、味が少し寂しかった。値段が値段だけしに、仕方がないと諦めざるを得なかった。 帰途"智頭"という旧の街並を散策して、石谷家の大豪邸を見学することができたのは、大変良かった。なかなかのものであった。 それにしても14時間もかけるバスツアーはさすが、疲れてしまって、お土産に買った蟹がとても重たかった。、
January 29, 2008 - Tuesday 

Current mood:  anxious
新年を迎えたと思ったら、もう月末になってしまった。 本当に月日のたつのが早過ぎる。 2月には一度中国に行きたいと思っているが、まだ寒そうなのが気になる。
January 14, 2008 - Monday 
昨年末のお疲れ会ができなかったので、今年は新年会に切り替えることになった。 東京から従兄も参加してくれ、楽しく温泉に入り、美味しく食事を楽しむことを考えている。 
January 10, 2008 - Thursday 

Current mood:  frustrated
卒業して40年になる。 定年を迎える頃となり、25日に大阪で同期会を計画しようとしているが、金曜日は難しいのか、返事が遅い。 やはり休日に変更すべきか・・・。
October 8, 2007 - Monday 
October 8, 2007 - Monday 
October 6, 2007 - Saturday