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その時、感じたことが真実! 誰かにとっての真実よりも、私にとっての真実!

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Last Updated: 10/30/2009

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Sunday, November 22, 2009 



たぶん、大石内蔵助を愛惜する気持ちが、七段目をこのように書かせたのであろう。


仇討ちの大事を控えた大石は、いかに製塩業で栄えた赤穂藩の国家老であったとは言え、爪に灯りをともすような質素倹約の日々を送っていたに違いない。仇討ちの決行が先に延びていたら、飢えて死ぬ浪士たちもいただろうというギリギリのところで、その大事は準備された。

江戸幕府の外様の藩に対する、僅かな過誤を取り上げての、改易、取り潰しの方針から、町には禄を失った浪人が溢れ、庶民はその逼迫ぶりを日頃から目にしていたはずである。見事に仇討ちを遂げた赤穂浪士たちの生活がそれと同じものであっただろうことは、語られずとも分かっていた。仇討ちの決行後に生きながらえようと考えない浪士たちは、新たに生活の資を求めようとはしないだろうから、その生活はますます困窮を極めていたに違いない。それらのことは、容易に江戸の庶民たちに、想像のついたことだった。与り知らぬ天上の武士たちが起こした事件ではない。自分達の生活のすぐ脇に、同じような生活を営んで、その事件の主人公たちはいた。


そして、仇討ちの後、切腹させられた赤穂浪士に対して、同情と愛惜の気持ちが渦巻く。武士の鑑ともなるその行動に、本来であれば無罪放免どころか、その忠義の心を尊ぶ他家への仕官もかなうはずのものが、幕府の内からも出たという助命の願いも退けての切腹である。その死を悼み、哀しみ、惜しむ気持ちは、その時代の人々の中に、とりわけ深いものがあっただろう。

息を殺すようにして巷に潜み、元禄という太平の世にただ自分の死だけに向き合うような月日を過ごし、困窮の生活に耐え、やがて義士という名だけを残して無残にも散っていった赤穂浪士たちに、せめてこの世の快楽を見せてやりたい。たとえそれが、芝居の場面においてでも…。

その気持ちが、『仮名手本忠臣蔵』の作者をして、大星由良之助に、紫の艶やかな衣装を着せ、まばゆいばかりの華やかさの『祇園一力茶屋の場』に立たせた。大石が敵を欺くため、実際に祇園に遊んだこともあったのかもしれない。そんな僅かな史実を最大限に使って、この場は書かれた。そんな意味を持つ七段目ではないかと、私は思う。


仁左衛門の由良之助、幸四郎の平右衛門、福助のお軽が、三者三様で、それぞれに素晴らしい。今回上演された通しの幕のうちで、一番充実した出来であったと思う。


仁左衛門の由良之助は、遊蕩の空気を濃く漂わせながらも、あくまでも軽やかで、自堕落には行かない。そして、軽やかではありながらも、鋼が撓むような弾力を持ち、一本の芯が通っているのが、感じられた。

その台詞は変幻自在で、あらゆるニュアンスを含む。その多様な台詞の響きは、ずっと聞いていたいような心地良さだった。そして、その台詞の多様性は、由良之助という人物の奥の深さに繋がっている。それは、その一つ一つの台詞が由良之助の心の中の、一つ一つ別のところから発しているように思われたからだ。一つに括れない人物の多様性が、多様な台詞の響きを生む。

この幕には、遊蕩の様を見せる由良之助がおり、また同時に本心を表す由良之助がいて、二重の構造になっている。しかし、本心が表された後にも、まだその奥があるのではないかと、感じさせた。そこで演じられている由良之助以外の、今そこでは演じられていない由良之助が存在するのではないか。これが、全てか。いや、そうではあるまい。平右衛門や、お軽には思いも付かぬ思索に身を委ねる由良之助もいるのではないか。斧九太夫や、鷺坂伴内など全く相手にしない由良之助もいるのではないか。そう感じさせる仁左衛門の由良之助だった。

この通し狂言の七段目に至ってやっと、大序、三段目で富十郎が見せた高師直の悪と対峙しうる大きな人物像を見出した気がした。


幸四郎の平右衛門の実直さもまた、魅力的だ。主君を思い、由良之助を思い、父を思い、母を思い、妹お軽を思い、勘平を思い、泣き、笑い、怒り、悲しむ。その気持ちが真直ぐに出て行く様に、心が癒される思いがする。

幸四郎が平右衛門を演じるのかと意外な感じがしたのだが、この配役はぴったりと合っていた。お軽から話を聞き、由良之助が身請けしようとする真相に思い至り、お軽を自らの手に掛けようとするのだが、その平右衛門からさえも、心の温かさというものが伝わってくる。

お軽の福助は、そんな大きく温かい平右衛門相手に、ずいぶん芝居がやり易かったのではあるまいか。本当の兄と妹のように、私には見えた。惜しむらくは、勘平の非業の死を聞いて、癪を起こして苦しむお軽を平右衛門が介抱する場面が簡単に終わってしまったことだ。幾度も手水鉢から水を運び、もっと時間をかけて兄と妹の情愛を見せた舞台を、私は憶えている。勘平の死を知ったからということもあろうが、お軽が兄のために自分の命を差し出すという展開に行くためには、この場面は充分であったほうがいい。


そして、福助のお軽に、私は幾度も真実の表情を見た。
特に印象に残ったのは、『そんならいよいよ、本心放埓。お主の仇を討とうという所存はないに極まったな』と言う平右衛門をハッとして振り返る一瞬の、お軽の表情だ。由良之助に対しては、全部読んでも意味は分からぬというふうに無知を装いながら、しかし、兄に対しては、遊女から本来のお軽に戻って、知性をきらめかす。この後、お軽は、『いえいえ、兄さん、あるぞえ、あるぞえ』と、重要なことを告げるのである。

また、癪を起こして気を失ったお軽が、平右衛門の介抱によって正気づき、『兄さん、どうしょう、どうしょう、どうしょうぞいなあ』と、悲しみにくれる表情も印象的だ。勘平のことを気にかけて遊女の勤めが辛くならないようにと、自分を押し隠して通してきたものが、兄平右衛門に会って妹としての顔を見せ、勘平の悲しい知らせを聞いてからは、その気持ちを抑えることなど意味がなく、もう何も装う必要などなく、勘平の女房お軽に戻って涙にくれる。兄に対してさえ、『あの、勘…』と、言いよどんでいたお軽が、その死を知って初めて、勘平への思いを溢れさせるところが、憐れである。


その傾城お軽、妹お軽、女房お軽の気持ちの上の変化を、福助は鮮やかに演じ分けていたように思う。福助はその気持ちの変化ごとに、印象的な表情を見せたので、私はその変化を自分の記憶の中で辿ることができる。そして、実に愛らしい一生懸命なお軽を、私は舞台の上に見ていたように思う。

 
  
 
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Sunday, November 22, 2009 





男と女の気持ちの違いが鮮やかに見える。


~恋に心を奪われて、お家の大事と聞いた時、重きこの身の罪科と、かこち涙に目もうるむ~

と、袖を目にやり泣きながらも、時蔵のお軽は、恋人勘平との道行に華やいでおり、浮き立つような気持ちが所作の端々に微かに見える。逢瀬もままならなかった二人が、四六時中、共にいることができるのだ。お家の大事とは別のところに、お軽という娘の気持ちがある。

『私があなたの後を追って死ねば、二人は心中したことになり、あなたの武士は立たなくなります。そうなれば、誰があなたを褒めるでしょう』と、勘平の自刃を思い止まらせるお軽には、武士の理屈に抗おうとする、一人の若い娘のしたたかさと生命力がある。

時蔵のお軽の、細やかに繰り出されていく振りのひとつひとつに、その娘の気持ちがのっていた。武士の論理を押し返そうとする、人間本来のしなやかさが溢れ出ていた。


一方、菊五郎の勘平は、憂いの顔を崩さない。

『足は痛みはせぬかや』と、連れのお軽を気に掛けながらも、伝え聞いた主君判官の切腹が、重く心の中を占めているのだ。お軽の気持ちとは別のところで、勘平は、この道行の歩を進めている。

大事の場に居合わせなかった自らの不忠を悔やむと同時に、お側近く仕えてきた自分が、主君があの世に旅立った今、まだ、この世にあることは、勘平にとっては信じられないことなのだ。自分はなぜ、死んでいないのか。勘平は、ここまで逃れてきても未だ、死の淵に足を掛けており、『もう、自分は死ぬのだろう』と思い続けることで、やっと自分を納得させているのだ。勘平に、この世への未練など、少しもない。

お軽の言葉に従ってここまで来たものの、勘平はその先を見ていない。ただ、『自分はいつ死ぬのだろうか』と、呆然自失の状態で、ただそのきっかけだけを待っている。


通しで上演する狂言の良いところは、ここで勘平の心の内を占めている主君の死のイメージを、私達は直前の四段目で目にしていることだ。その切腹の場にいなかった勘平よりも、実はその死の有様を、私たちは具体的によく知っている。勘平の心を押し潰している重いものが、私達にもありありと感じられ、そのイメージを共有することができている。菊五郎の沈鬱な表情の意味を、私達は深く理解することができる。


現実感を失うほど思い悩む勘平は、『もう自分は死ぬのだろう』と思いながら、時にハッとして、『自分はまだ死んでいない』ことに気付く。

『死後の弔い、頼むぞや。お軽、さらばじゃ』と、刀に手を掛け、

『命長らえあるならば、うろたえ武士と、世の人の~』と、再び刀に手を掛ける。

二度ともお軽に阻まれるのであるが、ここに早野勘平という若い武士の、人間としての弱さを見ると同時に、死に魅入られながらも容易に命を絶つことができない、生き続けてしまう、若々しい生命力を見る思いがする。

判断力さえもあやふやになり呆然自失の勘平は、お軽の強い言葉に、どうしても従ってしまうことになる。お軽のいきいきとした生命力が、勘平を死の淵から押し戻したと言うこともできるだろう。


鷺坂伴内、花四天との立ち廻りは、そんな沈鬱な勘平の気持ちを、少しでも浮き立たせようとするかのような趣向に見える。

『よいところに、鷺坂伴内、おのれ一羽で喰いたらねど、勘平の腕の細ねぶか、料理塩梅喰ろうて見よええ』と、きびきびとした動きで、勘平の憂さ晴らしが、舞台の上で進行していく。

しかし、それで勘平の気持ちは晴れたのだろうか。『馬鹿め』と伴内を蹴散らしながらも、菊五郎はその憂いの表情で、幕切れを迎える。

『ひとまず立ち越え、時節を待ってお詫びせん』と、結論を先に送った自分であることを、勘平も、菊五郎も忘れてはいない。その肚を持ち続けての幕切れだ。そして、『自分は死ぬのだ』と思い続けるその肚が、五段目、六段目へと、繋がっていく。


華やかな中にも、終始、勘平の気持ちにぶれの見えない『道行旅路の花婿』であった。

 
 
 
 
 
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Saturday, November 21, 2009 




再び、あの表情を見ることができた。


三段目、『松の間刃傷の場』の師直の台詞を受けての表情だ。

『いやいや、酒まいった。酒まいった。道理こそ酒くさい』という、師直に難癖を付けられる台詞だったか、そこのところは、はっきりとしないのだが、勘三郎の判官は、ひじょうに鮮烈な表情を見せていた。追い詰められていく者の表情だ。なんとも言えない情けない表情だ。

しかし、けっして、それは、怒りだとか悲しみだとかで括ることのできる確かな表情ではない。勘三郎の判官は、呆然としているのだ。

我が身に降りかかった、あまりのことに、まだ感情が付いていっていないのだ。我が身に投げ掛けられたあまりの言葉に、まだ感情が付いていっていない。だから、はっきりした表情を持つこともできないのだ。

その呆然としてしまった表情の下で、必死に整理のつかぬ感情が駆け巡っている。


人の感情が激しく喜・怒・哀・楽に振れるとき、その表情は単純には表には出てこない。ある時間をおいて、その呆然としてしまった時間を打ち消すかのように、必死に現れてこようとする。呆然としてしまった顔の後ろで、激しい気持ちが動き出そうとしているのが窺われる。そんな予感が満ちてくる。


どうして、勘三郎は、一瞬のそんな表情を捉えて演じることができるのだろう。それは、けっして、容易なことではないだろう。人が頭で考えられる安易な想像力を越えた表情だ。私達は意識の下では、その表情を知っている。だから、勘三郎の呆然とした表情の意味と、やがて勘三郎の顔に射してくる激しい感情の予感を感得することができるのだ。しかし、意識の上では、そんな一瞬の表情が自分にあることを知らないはずだ。意識することさえない、人の裸の表情を、勘三郎以外のいったい誰が、芝居の舞台の上で、作ってみせることができるだろうか。


『再び、あの表情を見ることができた』というのは、『夏祭浪花鑑』の団七で、勘三郎は、同じ表情を見せたのだ。『長町裏殺しの場』で、義平次から浴びせ掛けられる情容赦のない言葉に、勘三郎の団七は、一瞬、痙攣のような緊張を走らせた後、同じような呆然とした表情を見せた。

どんな親でも親として立てている自分の真心を斟酌しようともしない義平次へのあらゆる感情が、団七の中を駆け巡る。怒りと悲しみが混じり合い渦巻いて、しかし、まだ一つの感情としては整理が付かない。一つの表情が作れない…そんな呆然とした様を、勘三郎は見せていた。


勘三郎は、歌舞伎の演技のコードの、一番正統なものを手にしている役者だ。どんな台詞がどんな効果を生むのか、どんな動きがどんな効果を生むのかを知り尽くしている。もっと言えば、台詞と動きの両方に渡って、どんなニュアンスが、どんなメリハリが、どんな強弱が、どんな緩急が、どんな間が、どんな高低が、どんな弛緩と緊張の組み合わせが、いかなる効果を生むかということを知り尽くしている。そして、舞台という空間を、舞台の上に流れる時間を知り尽くしている。また、満場の観客の意識がどういうふうに、どこに向かうのかも、知り尽くしている。

そして、さらに彼が知っているのは、その自分の持っているノウハウに従って演じるだけでは、演技が類型に落ちてしまうということだ。常に刺激を求める、移り気な観客が、自らの満足を実感できるポイントを察知する感覚が実に鋭い。勘三郎はその感覚を言葉にして持っているのではあるまい。勘三郎はその感覚を、本能であるかのように、体の中に持っている。

だから、勘三郎は、あの表情が見せられるのだ。私が、思わず『あっ!』と声を立てそうになるほどの、心を射抜くような鮮烈な表情を見せるのだ。

歌舞伎の演技のコードの内から突如として抜け出していって、誰にも真似することのできない、極めてリアルな表情を見せるのだ。一つの表情が、その芝居の全てになる…そんな鮮烈な表情を見せるのだ。


『仮名手本忠臣蔵』の中心に来るのは、早野勘平の悲劇だと、私は思っている。今回、五段目、六段目を演じた菊五郎の演技は、類型に落ちてしまっていたと、感じた。歌舞伎チャンネルで、先代勘三郎の勘平を見ていなければ、また、感じ方も違ったのかもしれない。先代勘三郎の勘平は、こちらの胃までキリキリと痛み出してしまうほどの、辛さがあった。そして、全く類型に落ちていかず、繊細であり、真実であった。菊五郎には申し訳ないが、私がそう感じたのは事実なので、仕方がない。

類型に落ちてしまっては、どんな素晴らしい台詞も上滑りし、どんな極められた型の動きも、観客の心の内に滲みてはいかない。


『仮名手本忠臣蔵』の中心にくる悲劇を、次は、けっして類型に落ちていかない役者、当代勘三郎で、見てみたいと思う。

 
 
 
 
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Saturday, November 21, 2009 



幸四郎の芸風に、実録ふうの物はひじょうに合っているのだ。したがって、由良之助に幸四郎を配した四段目は、素晴らしいものになるはずであった。

しかし、幸四郎の実録物に適した演技コードは、判官を演じる勘三郎の純粋な歌舞伎の演技コードとハレーションを起こしてしまい、全体の印象として違和感が残ることとなった。


実録物に適した演技コードを持つ幸四郎が実録ふうの物を演じると、そこに嵌りすぎてしまい、歌舞伎独特の味が、かなりの部分、失われてしまう。他の役者であれば、実録ふうの物を演じても、けっしてここまでには至らないのだ。

また、実録ふうの物でない他の演目であれば、幸四郎の芸風と歌舞伎の演出が上手く重なり合い、ほどの良さを感じさせているところのものが、ここでは引き剥がされてしまうのだ。そう演じてよいとされる実録ふうの四段目であるだけに、幸四郎には何の躊躇もない。自然と自分の演じ易い方向へ向かい、余計に実録のほうに傾いてしまう。

台詞にも動きにも溜めが無くなる。舞台に心地良い揺らぎをもたらす、微妙なニュアンスが無くなる。舞台に心地良い弾力をもたらす、微妙なメリハリが無くなる。舞台に艶をもたらす、微妙な間のズレが無くなる。敢えて曖昧なままに置かれていた豊かな時間と空間が、現実感というものの侵食を受けて、痩せていってしまう。


それでも実録物には実録物の良さがあり、それを私は否定するものではない。藩士たちとの評定の場においても、表門城明渡しの場においても、幸四郎の表現は実にストレートな、気持ちのよいものであった。四段目は、九代目團十郎以来、そう演じることになっているのだ。

幸四郎がその芸風の故に、より実録ふうに傾いて演じてしまうのは仕方のないことであるし、それはそれで、独自の魅力が開花していくのだと思う。


やはり問題は、極めて良質な歌舞伎の演技コードを持つ勘三郎との組み合わせ、つまり相性にあるのだろう。とは言っても、二人が絡む場面は一箇所だ。


すでに、判官は腹に刀を突き立てている。

『大星由良之助、ただいま到着』

『おお、由良之助か』

『ははっ』

『待ちかねたわやい』

『御存生の御尊顔を拝し、身にとりまして何ほどか』

『おお、われも満足。さだめて様子は聞いたであろう』

『はっ』

『聞いたか』

『ははあ』

『無念』

『あいや、この期に及び、申し上ぐることばも、ござりませぬ。只々尋常の御最期を願わしゅう存じまする』

『おお、いうにゃ及ぶ』

~と、諸手を掛け、きりりと引き廻し、苦しき息をほっとつき~

『由良之助』

『はっ』

『近う、近う』

『はっ』

『この九寸五分は汝への形見、この短刃を以って、我が存念を…』



勘三郎は、この台詞の意味以上のことを、台詞の微妙な調子で語り、台詞の微妙な間で語り、視線で語り、表情で語る。観客の意識が全て自分に集中しているこの時を最大限に活かして、僅かな動きでも印象を大きく左右できるこの時を最大限に活かして、『微かさ』というものを効かせて表現するのだ。どの場面で観客の意識はどこに集中し、どの表現が一番観客の心を摑むのに効果を上げるかを、生まれながらの役者、勘三郎は知っている。そして、その難しい表現の場から一歩も引くことなく、その場で得られるであろう全てのことを、余すことなく獲り尽くすのだ。まさに、歌舞伎の演技のコードが十全に働いている状態と言えよう。


実録物の演技のコードでは、リアルさというものが一番に来る。それに対して歌舞伎の演技コードによる演技がリアルさを欠いているかというと、そうではない。ただリアルに演じるよりも、ある種の歌舞伎のコードを通すことによって、そのリアル度がさらに高まることがある。リアルな芝居がそのまま見せる真実よりも、多少の嘘を含んでいても、歌舞伎コードで演じられる真実のほうに、軍配が上がることもあるのだ。

人に訴えるリアルな演技ということにおいては、実録物のコードも、歌舞伎のコードも同等である。


さて、この歌舞伎の演技のコードが十全に働いている判官切腹の大詰めにおいて、由良之助は、『委細』と言い放ち、ぽんと自分の腹を叩く。そうやって、由良之助は、判官の無念の気持ちを受け止める。

気持ちは受け止めたのかもしれないが、しかし、幸四郎のこの演技は、勘三郎の繊細な演技を受け止めてなされたようには見えなかった。

あまりにも大きな声で、あまりにも大きな仕種で、台詞も動きも思い切りのよいことだけが唯一のこととなってしまい、勘三郎がそこで摑まえていた歌舞伎の演じられる空間が、ぶわっと一気に外に向けて弾けてしまったかのように感じられた。勘三郎の『微かさ』を効かせた演技に魅入られるようであった私の意識も、そこで途切れてしまった。

そもそも、石堂右馬之丞と薬師寺次郎左衛門が同席していることを考えると、ここで大きな演技をする幸四郎の狂言解釈は間違っていると思うのだが、ここで二人の役者の演技の間に立ち上がってしまった違和感は、芝居に大きな断層を作ってしまった。


いかに、この後芝居が幸四郎の熱演に繋がっていこうとも、一度立ち上がってしまった負の印象は、消え去ることがなかった。勿体ないとしか言いようがない。

 
 
 
Friday, November 20, 2009 




好色なだけ、金に汚いだけ、権力の威を笠に着るだけの高師直では、この『仮名手本忠臣蔵』という芝居は、支えられまい。

一方に塩冶判官の、早野勘平の、加古川本蔵の、身の置き処がないような、取り返しのつかぬことに苛まれ続けるような、深い苦悩があるのだ。この芝居には、その深い苦悩の全てと対峙できるだけの高師直が必要となる。

ただ好色で、金銭欲にまみれ、自分の地位を使って無理を通すだけの高師直では、単純にすぎるのだ。それでは、高師直は、人間が誰でも持っている欲望というものに正直な、実に分かり易い人物になってしまう。むしろ、その欲望のままに生きる高師直に、親しみを感じることになりかねない。ここに留まってしまった高師直を、私は幾度も見たような気がする。


高師直は、そうであってはならない。高師直には、底の知れなさがあってほしい。ストレートさではなく、捻じ曲がった暗い知性があってほしい。満腹であるにも関わらず、次の獲物に襲い掛かり、その肉を喰い散らかすほどの、狂った欲望の持ち主であってほしい。

人を弄(なぶ)る暗いゲームに、無類な喜びを感じるような嫌らしさだ。何かのために人を弄るのではない。弄りたいが為に、弄るのだ。


『鶴が岡社頭兜改めの場』における富十郎の高師直は、その抑制された演技に、そこで演じられる高師直以外の、そこでは演じられない高師直の存在することを思わせ、その人物像の、けっして薄っぺらではない、重なった層を感じさせた。

また、『松の間刃傷の場』における富十郎の高師直の、『こりゃ、まるで鮒だ。鮒だ。鮒侍だ』と挑発する件(くだり)は、感情のままに出ていく台詞ではなく、知性のコントロールを外れていかない台詞によって、高師直が耽っている暗い遊戯を思わせた。

若狭之助に謝罪をしなければならなくなった腹いせに、次の標的を判官に見定めるということ自体は、苛々とした感情に流されての進みゆきなのだが、富十郎はここで感情に高ぶった表情は見せず、冷めた視線を保ちつつ、淡々と演じる。完全にコントロールされた頭で、高師直が、いじめの遊戯に手を着ける。田舎侍、塩冶判官を追い詰めて、身動きの取れない状態にすることなど、高師直にとっては容易なことであったろう。

『殿中だぞ、殿中において鯉口三寸抜き放さば、家は断絶』

『御承知か。御承知だな。御承知とあらば切られよう』

自分の頭がきびきびと働いて、判官を追い詰める効果的な言葉を吐いていることへの快感が奔る。まさに、高師直を高揚させる、暗い遊戯が展開していくのだ。


高家という吉良上野介の、その役職にある者のメンタリティーは、一般的にこのようなものであったのではあるまいか。幕府の儀礼、典礼、朝廷への使節、伊勢神宮や日光東照宮への代参、勅使の接待、朝廷との諸礼をつかさどった役職である。特権を持つ地位にある。有職故実に通じているがために上置きにされ、幕府の内に怖いものなどない。彼らが自らの知性にプライドを持つところで留まっていればいいが、人を人と思わぬほど思い上がると手が付けられない。自らが汗水垂らして働くわけではないから、暇と力を持て余している。


富十郎の上に現れていた高師直は、まさにこの『仮名手本忠臣蔵』という芝居が欲している高師直ではなかったかと思うのだ。台詞の明晰さ、隅々にまで効かせることのできる抑制、高家の格を表す佇まいなど、富十郎の芸風が、このような高師直を演じることに適していたのかもしれないが、他の役者が演じることのできぬ高師直が、確かにそこにいたと思う。

富十郎の高師直は、冷静な表情の下で、暗い知性の遊戯がその興奮を高めているのだ。富十郎の高師直は、覗いても底が見えない暗い淵なのだ。


登場する場は、大序、三段目と限られるのだが、四段目以降の大星由良之助や、早野勘平や、加古川半蔵や、四十七士の面々というこの芝居の主役たちが、力強く立ち向かっていける高師直像を、富十郎は造形したと言える。

相手がはっきりと存在しない戦いなど、戦う価値がない。原因がしっかりとしない苦しみなど、苦しむ価値がない。『仮名手本忠臣蔵』の登場人物たちに、価値ある戦いと、価値ある苦しみを与えるために、高師直は存在するのだ。


三段目までを演じ終わった富十郎は、この『仮名手本忠臣蔵』の充分な骨格を用意して去ったと言ってよい。さあ、問題は、この後登場してくる主役たちが、それにどう応えていくかということだ。

 
 
Friday, November 06, 2009 




又平が描くところの大津絵に因んでの、『大津絵道成寺』ではあるのだが、藤娘、鷹匠、座頭、船頭、鬼の五役を踊り分けるというレヴュー的な作品であるならば、もっと一つ一つに、それぞれの役の特徴を的確に切り取ってみせるような、締まった良い振りが付いていてもいいのではないかと思う。

『藤娘』なら『藤娘』、『道成寺』なら『道成寺』と、一つを踊り込むのに匹敵するほどの、最強のダイジェスト版の振りがそれぞれの役に用意されているならば、レヴュー的な作品として、優れているということもできるだろう。しかし、この『大津絵道成寺』は、如何せん、振付が緩いと思う。


一つを踊り込む間に高まってくる印象というのは、時間をかけた分、揺るがない強いものになるのだ。それに対抗する気構えのあるレヴュー作品であるならば、鑑賞するに余りあるほどの良い振りを、隙間無く並べなければならないと思う。

それで初めて、本格的な舞踊と同等になる。レヴューとして、完成された作品になる。藤十郎が踊る『道成寺』や『藤娘』と同じ感動を期待した私にとっては、不満の残る内容だった。


また、藤十郎が踊るのであるから、藤十郎の踊りの魅力を充分に見せられるような振りに替えてもらいたかった。藤十郎は、自分の踊り易い振り、自分の踊りたい振りというのが、当然ながらあるのだろうから、芝居と違って踊りに関しては、自分本位なところもあっていいのではあるまいか。

藤十郎の『道成寺』で特に美しいと思うのは、横向きになって、身体を傾け、裾を長く引く滑らかな線を見せるところだ。これと同じ形は何回か振りに入っていたのだが、そのたっぷりとした間を持った美しさは、遂に見ることができなかった。

また、藤十郎の『藤娘』の素晴らしさは、ゆっくりたっぷりとした動きの中に、徐々に踊りの華が開いてゆき、何ものにも替え難い充足感を見せるところなのだが、その私が思う藤十郎の踊りの技を発揮できるような振付ではなかった。

これらは全て、私の思い込みの範疇のことで、藤十郎の踊りの真実はまた、別のところにあるのかもしれない。しかし、私が惹かれている藤十郎の踊りの技を見ることができなかったのは、確かなことだ。


振りと同時に、構成にも不満がある。昨年三月・歌舞伎座の『道成寺』で、藤十郎が蛇体に変わるまで、長い時間を待たされて、踊りの感興がすっかり冷めてしまい、私はさんざん文句を書いたのだが、今回も四役を踊る間にしだいに高まってきたものが、鐘に入るところで断たれてしまい、とても勿体ないと思った。


踊りの純粋な感興よりも、鬼に変化するという趣向のほうが大事なのだろうか。これは『踊り』というよりも『歌舞伎』なのだから、踊りの純粋な感興を期待するのが間違いだと言われれば、仕方の無いことかもしれない。

しかし、私は、もっと踊り本来の快感に身を委ね、もっと感動したいのだ。

亀鶴が弁慶を力一杯演じ、時間を繋ぐのだが、一度冷めた感興は、藤十郎が再び登場した後の幕切れの僅かな時間だけでは、戻って来ることがなかった。

『鬼』に変われば、押戻しが必要で、矢の根五郎の翫雀の登場となるのだが、この構成はくどいと思う。止まってしまったものを無理矢理掻き立てようとしているように思われて、気持ちが素直に付いていくことができなかった。


藤十郎の踊りを、もっとじっくり見たい…これは、私の切なる希望である。

 
 
 
 
 
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Wednesday, November 04, 2009 




外郎の効能を語る曾我五郎の言い立てが素晴らしい。團十郎の口跡の良さというものは、私が20年以上前に見ていた團十郎から考えれば、同じ役者さんだろうか…と、思うほど見事である。


どこまでも通るのびやかな声。早口の台詞でも、語尾まできっちりと聞かせる明瞭さ。『勧進帳』の山伏問答でも感じることだが、台詞の勢いを損なわぬまま、言葉を繊細に折り畳んで、その時間の中に納めるのだ。

他のどの役者にもできぬことを、團十郎はやっているのだと思う。もしかして、この『外郎売』という狂言を復活させるべく努力したことで、團十郎はこの技を確立したのかもしれぬ。


若くして亡くなった初代辰之助もそうだったが、当代團十郎は、剥きみの隈が良く似合う。それは、つまり、曾我五郎が似合うということだ。水色を一枚脱いで、赤の衣装で決めた見得は、今年一月の『象引』で見せた途轍もなく大きな見得とはまた別種の、魅力がある。あまりにも鮮やかだ。


曾我五郎には、『永遠』がある。

最近思うのは、私達が日常生活とは別の空間に、演劇や音楽や小説や絵画の感動を求めてさ迷うように出ていくのは、日常生活では手にすることのできない『永遠』を求めていくのだろうと、いうことだ。何ものにも邪魔されない価値観のあるところに、『永遠』はある。

曾我五郎が見せる華やぎは、まぎれも無い『永遠』だ。だから、全てを押し返し、突き抜けていく曾我五郎の勢いに、心地良さが駆け抜ける。私達は、限りある自分の生を忘れて、『永遠』に浸るのだ。何かを求めて劇場にさ迷い出た私達を、充分に満足させてくれる、團十郎の曾我五郎がいたように思う。



初日だからということもあるのだろうが、この團十郎の曾我五郎に対して、他の役が弱い。重量感が不足している。彌十郎の工藤では、舞台のバランスが悪いのだ。舞台の上手と下手に、それぞれの極ができない。

また、朝比奈と舞鶴の二人が出ているというのに、一向に面白くない。扮装だけのことになってしまっている。翫雀は、この日最後の演目『大津絵道成寺』の矢の根五郎では動きが良かったのだが、この朝比奈は、面白い見せ場があるにも関わらず、緩い出来だった。これは、『初日だから』ということだろうか。

四人の傾城も、唯一、芝雀がその張りのある声で、存在感を示しているのだが、他の三人がどうも弱い。


舞台のバランスの作り方として、一人押し出す團十郎の前に、他の役者が引き気味に演じていて、そういう種類のバランスが出来上がっていたように思う。しかし、それでは、この狂言の面白さは出ないのではあるまいか。

押し出す團十郎の五郎に対して、他の役者も前に出て、そこで、活き活きとしたバランスを作り出してほしい。


團十郎には満足したが、舞台全体として見た時に、不満が残った『外郎売』だった。

 
 
 
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Wednesday, November 04, 2009 



一生懸命演じていたという評価は、通常であれば最上級の褒め言葉ではないのかもしれぬ。しかし、又平を演じる團十郎の一生懸命さは、これ以上のものは無いだろうと思えるほど、私に迫ってきた。

姫と御朱印を取り戻すため自分を遣いにやってくれと、師匠の土佐将監光信に、滑らかには動かぬ口で、つっかえつっかえ、必死に訴える。自分が吃音であることで、土佐の名字を許されぬことを嘆く。女房にも馬鹿にされたと、悔しがる。

團十郎は、照れもせず、手加減もせず、どう又平を見せようかという演技者としての冷めた部分を全く感じさせず、全開で又平を演じていた。

演じ処たっぷりの又平を上手く演じる役者を、私は何人も知っている。しかし、ここまで真直ぐに、一生懸命な又平は、初めて見たような気がする。

十二代目團十郎という人は、助六、弁慶、由良之介、伊右衛門と、あらゆるはまり役を持っているが、この又平のような役が、この人の本領なのではないかとさえ思う。


手水鉢を墨が通る奇跡を、その部分が全体から浮き上がってしまうほど騒ぎ立てないところが良い。おとくが又平にそれを確認させたところで、師匠の将監が現れて、土佐の名を許し、これから又平を遣いに立てようと言う。

喜びを素直に表現する又平、いや團十郎が好ましい。まるで子供のように、着せてもらった裃を喜ぶ。

『一さし舞うて立ちゃれ』と命じられて、軽妙に、凛々しく舞う。ここで存分に舞えなければ、ここまで高まってきた又平の喜びの表現が水を差されることになってしまうのだが、團十郎は『勧進帳』の延年の舞がそうであるごとく、びくとも揺るがぬ下半身の安定と、空気をも巻き込む上半身の大きな動きで、心地良く舞う。久しぶりに、踊りの快感が奔った。

ここでも團十郎は、『上手く踊ろう』という意識など微塵も感じさせず、そんな意識とは別のところで踊るのだ。


十二代目團十郎という人は、その人格の大きさ故であろうか、事も無げに演じ、事も無げに踊り、その生み出した上質のものを、再び自分に引き付けようとはしない。再び自分に戻そうとはしない。その無私の芸風が、私は大好きだ。



今回、坂田藤十郎の女房おとくが、また良かった。團十郎と藤十郎の二人の台詞の響きの相性がいいということもあろうが、又平の醸し出している空気と、おとくの醸し出している空気が、本当の夫婦のように混じり合って、舞台の上にあった。

『手は二本、指も十本ありながら、なぜ吃りには生まれさしゃんしたぞいなあ』という台詞から溢れ出る、この、おとくの愛情はどうだろう。

おとくの、又平に掛ける言葉の優しさ。

おとくの、又平の背中に置く手の優しさ。

おとくの、又平を見る視線の優しさ。


幕切れで花道に座り、意気揚々とした様子の又平を見上げる藤十郎のおとくは、全く観客の視線など無いもののごとく、ただ、愛しい又平に向かっていた。これがどの役者でも演じられる普通の演じ方だと思ったら、間違いだろう。他の役者であれば、この場面で、満場の観客への意識が混ざるのだ。そんな表情しか見ていないから、それが普通のこととなり、日頃、それに不満は感じない。しかし、藤十郎に、そこから一歩抜き出た質のこのような表情を見せられると、その違いに初めて気が付くのだ。身震いがするほどハッとするのだ。


この人にとって、舞台の上は、なんの負荷もなく、自分を自分のありのままに開放できる空間なのだろう。

藤十郎の演技は、演じている自分を客観視するような感覚を持たない。どんな役を演じようと、主観の藤十郎しかいない。舞台の上には、ひとつの藤十郎しかいない。どれだけの時間を舞台の上で過ごしたら、ここに至るのだろうか。


藤十郎もまた、團十郎がそうであると同じように、自らが生み出した上質のものを再び自分に引き付けようとしない。再び自分に戻そうとはしない。まさに、無私の芸風の役者であると、私は思う。


又平、おとく夫婦に涙が出た。泣いていらっしゃる方が多かった。それだけ、真に迫った芝居だったということだろう。

 
 
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Monday, October 19, 2009 



音羽屋型を見て、澤瀉屋型を思う。


音羽屋型は、人と変わらぬ狐の親子の情を描き出すことを中心に据えた型であるのに対して、当代猿之助以前の澤瀉屋型は、ケレン味が突出した型であった。猿之助はその型を祖父猿翁から直接ではなく、祖父が三代目実川延若に伝えたものを、教わったそうだ。その際、猿之助は音羽屋の型の心を学んで、従来の澤瀉屋型の型とも違う、三代目猿之助の型を創り上げた。従って、狐の情を表す部分において、二つの型にそれほどの違いは無くなっているのだろう。

このように近寄りつつある二つの型であるが、それでも違いを探ってみる。


一番の違いは、澤瀉屋型の『四の切』は、ある部分で、狐忠信の動きから人間としての要素を排してみせているということだ。その動きを造形するに際して、『獣とはいかなるものか』という、冷徹な、突き放したような視点を持つ。獣を人間よりも一つ下の位置に突き放す。少し得体の知れぬものとして突き放す。私はこのことを、昨年7月、猿之助の指導で海老蔵が『四の切』に挑戦した時の狐忠信に、強く感じた。


そうやって、人間という存在から離れていく異化の作業を行うことで、人間の自然の生理からはとても生み出せない、様々な動きが生まれてくる。

高台に飛び上がる。全身を小刻みに震わせる。欄干の上を小走りする。床で高速の回転をする。鼓を転がして戯れる。まず、嗅覚でいく。まず、本能でいく。人とは異なる呼吸の台詞を操る。

澤瀉屋型の『四の切』が、他にはない特異さを持つのは、ここのところだ。ケレン味を特徴としているとはよく言われるのだが、しかし、一番の特徴は、狐の動きを異化し、それをあくまで追求していることだろう。


音羽屋型の『四の切』も三段の仕掛けがあり、欄干の上を進み、早替りがあり、床で旋回し、鼓を転がして戯れる。しかし、いずれの動きも人間から付かず離れずの、擬人化された狐である。『四の切』という演目自体が、狐が人間に化けて恋しい父母を追っていくというメルヘンなのだが、音羽屋型は、そのメルヘンの域から出ることはない。対照的に澤瀉屋型は、人間とは異なる狐を表現することに執着する。音羽屋型も勿論、狐の動きを表現するのだが、その執着の度合いが違うのだ。澤瀉屋型の執着は、ある種、その志向が観客に理解されなくても構わないというところにまで至っている。


なぜ澤瀉屋型が、擬人化された狐のメルヘンを踏み出した場所での表現に執着するかと言えば、そのメルヘンの域を踏み出したとき、飛躍的に表現の可能性が増大するからであり、歌舞伎の表現が踏み出したことのない独創性の発揮し放題のところへ進んでいけるからである。そこへ踏み出してしまえば、人間としての身体が許す限り、どんなことでもできる。それは奇をてらうというような脆弱なものではない。表現してみたいという純粋な気持ちの表れであり、進めるところまでは進んでいって最大限の表現を得たいという表現者としての真摯さの部分であり、抜き差しならない過酷な、妥協とは無縁なところに踏み込んでいく覚悟でもある。


本来、そのように芸術至上に進んでいった作品は、大衆の支持は得られぬものだが、幸運にも澤瀉屋の『四の切』に関しては、その突出した芸術性が美しさを併せ持つものであり、表面を成すケレンの技が華々しいものであったから、多くの人々に称賛の声を持って迎え入れられた。


欄間抜けや宙乗りを常とする澤瀉屋型は一般的には『ケレン』の言葉で括られるのだろう。私も、仕掛けたっぷり、早替りの連続の、澤瀉屋の他の狂言を『ケレン』で括るのに、吝かではない。しかし、この『四の切』に関しては、違っていると認識せねばならない。

私達の感覚を置き去りにするほどの狐の表現。酷いほどの異質感。狐を獣として、人間と相容れぬものとして突き放す冷徹な視線がある限り、これは、ケレン味を制して、芸術至上の演目であると、私には思えるのだ。


来年8月、自主公演で、亀治郎がこれに挑む。どう演じるだろうか。
たぶん、二つの印象が立つのだろう。その『情』と『芸術』の隙間を、その技倆でどう埋めていくのか。それが、楽しみだ。


参考: 
ケレンについて 『猿之助の歌舞伎とは』(2009年3月14日)
 
 
 
 
 
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Monday, October 19, 2009 



ここのところの振りは良いと思った。

忠信の軍語りを引き取って、静御前が、『おお、聞き及ぶ、その時に、平家の方にも名高き強弓』と続ける。その平家方を演じて、弓を引き絞る振りを見せる。義経の矢面に立ちふさがった忠信の兄・継信が、射抜かれて倒れる。その様子を、忠信と、今度は源氏方を演じる静御前が、見詰めている振りとなる。忠信は膝を付いて座り、静御前は立ち姿で、扇を継信がいるであろう下手に差し出す。その扇が微かに揺れている。見詰める二人の心も、その扇に重なって、揺れているようだった。


静御前が弓を引く振りは、昨年1月松竹座の三津五郎と藤十郎の『吉野山』に
もあった。有り得ないほどゆっくりと弓を引き絞っていく。その藤十郎ならではの魅せる動きが見事であった。踊りの間合いの全てを覆してみせるような、悠久の時間を手にするような、なんと創造的な振りであったことか。その振り一つで、その舞踊の空間が、なんと豊かになったことか。


誠に『吉野山』は、毎回工夫を凝らした振りが登場し、私達を楽しませてくれる。男雛と女雛のようでありながら主従である、歴戦の武士のようでありながら狐である、桜が盛りの山を行く心踊る道行のようでありながら逃避行であるという、伏線を抱え込んだ物語の骨格が、この踊りを創造しようとする者に、多くのインスピレーションを与えるのだろうか。


しかし、期待に反して、今回の『吉野山』で特筆すべきは、この継信討死の場面だけであったような気がする。

残念ながら、踊りの快感とも、無縁の舞台であった。


昨年11月、新橋演舞場の、松緑と菊之助の『吉野山』は、ひじょうに素晴らしいものだった。この時は、従来の主従としての関係よりも、姉と弟のような情愛溢れる関係を踊っていたように思う。

『吉野山』という舞踊が持つ多様な表現の可能性を感じるとともに、松緑の軍語りは、日本舞踊という表現手段の無限の可能性をも、感じさせてくれた。今後幾度も松緑と菊之助は『吉野山』を踊るだろうが、さらにその表現を極めていってもらいたいと思っている。それができる二人だ。

 
 
 
  
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Sunday, October 18, 2009 




昨年5月、海老蔵が知盛を演じたとき、典侍の局は魁春だった。私にとっては、今回の典侍の局よりも、そちらのほうが面白い。玉三郎は、渡海屋女房お柳から局に転じたときの、変化が物足りない。これは、お柳の世話女房ぶりのくだけ方が足りないからであろう。

洗い物をするか、しないか。話題は全くの世話である。そして、主人の銀平は、天気のことならなんでもお見通しで、一本取られてしまったという、のろけ半分の喋りである。魁春のお柳は、『吃又』のお徳よろしく、喋り始めたら止まらないというような勢いで、廻船問屋を切り盛りする女房以外の何者でもないお柳だったのだが、玉三郎はそこまで演じてはいなかった。これは、典侍の局の格を重んじて、敢えてそうしていたのだろう。


渡海屋銀平が知盛となって登場した後、安徳帝とともに二重に上がり、そこから知盛に話し掛けるという部分の変化も面白いが、海辺の苫屋の御簾が上がり、緋の袴を着けて現れる場面の驚きと言ったらない。うらさびれた大物浦に、突如、きらびやかな宮中が出現する。


玉三郎の橙色の袴には、私が典侍の局は緋の袴というイメージを持ってしまっていたので、違和感があった。ここは、後ろに並ぶ女官達と同じ緋がいいのではないか。そうでなければ、場としての統一感が出ず、視覚的にも納まりの悪いものになってしまう。ここで第一に見せるべきは、宮中という『場』であると、私は思う。


これは、壇ノ浦の平家滅亡の様を再現してみせるという見事な脚本だ。典侍の局と安徳帝の『海の底にも都はある』というやりとり、女官たちの入水の様、そして、知盛の碇の綱を巻きつけての投身は、そのまま壇ノ浦の再現となる。その悲劇を語り継ぎ、語り継ぐことによって再現し、供養してきた日本人の心情に訴えようとするのだ。


その脚本の意図するところを、しっかり舞台の上にのせてもらいたいのだが、どうだったろう。

後ろに並ぶ女官たちの入水が丁寧に演じられないので、その悲壮感が高まっていかない。一人一人の入水が、意を決して飛び込むというふうではない。魁春が演じたときは、次々と女官たちが姿を消した後、最後に残った典侍の局と安徳帝の、極まで行った悲壮感が舞台上にはっきりとあったのだが、今回の舞台には、それを感じなかった。そもそも、玉三郎の典侍の局は、女官たちのほうを、見ていなかった。魁春のときに、私が極まで行った悲壮感を感じたのは、魁春がそう演じていたからではあるまいか。


また、典侍の局自らが安徳帝を抱えて入水を試みるところへ、義経側の兵卒が止めに入るのであるが、ここの玉三郎に、『生きて虜囚の辱めを受けず』という気持ちがあるようには、私には見えなかった。タイミングがずれてしまっただけかもしれないが、右腕を摑まれた後、もう一方の腕を伸ばしたまま、捕り手に摑まれるのを待っている一瞬があり、そんなリアリティーから離れた演技も時代物であればよいのか、それで切迫感が出るのだろうかと、疑問に思った。これでは、この脚本の、壇ノ浦の平家滅亡の再現という意味が成立しない。




おどろおどろしい姿で登場する吉右衛門の知盛は、戦場の修羅をそのままに見せる。全身が傷付き、血糊にまみれ、髪は逆立ち、目は充血し、息が上がってしまっている。孤軍奮闘した後の、鈍い熱を帯びている。もはや立て直すことのできない死の淵に向かう傾斜の上に、知盛は立っている。


乱れ一つない、きらびやかな甲冑を纏った義経主従とは、甚だしい対照を成す。戦いに勝った者と、負けた者との振り分けは、容赦がない。そして、戦場の殺し殺される修羅を生きる男たちは、今の勝利が明日の敗北に繋がっていることを、誰よりもよく知っているのだろう。

同じ武人としての情けから、弁慶は知盛に数珠を掛け、出家を勧める。しかし、知盛は『汚らわし』と、投げ捨てる。

『討っては討たれ、討たれては討つ これ源平のならいなり。生き変わり、死に変わり、恨み晴らさでおくべきか』

吉右衛門から搾り出される、戦うことを運命付けられた武将の、救いのない言葉が胸を打つ。


その知盛の震えるような思いが、『我を供奉(ぐぶ)し、永々の介抱は、そちが情、今また我を助けしは、義経が情なれば、仇に思うな、これ知盛』という安徳帝の言葉に出会って急速に冷めていく。これを安徳帝に言わせるところが、また、この脚本の優れたところだ。そうでなければ知盛に、思い切らせることはできない。

知盛は、自分の敵愾心がもはや無意味であることを知る。天皇制にとって武人の力は、ただ御するためのみにあることを悟る。諦める。武人であることの悲しみが出る。


戦いで味わう六道の苦しみは全て父清盛の天罰の報いと、自らの命に引導を渡す。知盛の台詞が、舞台の枠を超えて、この世には、この嘆きが全てであるかのように響く。吉右衛門の悲痛な叫びは、胸に突き刺さるようにして入ってくる。


敗残者は消え去るのみ。崖の突端で碇によろめく体を預ける知盛の姿は、傷付いた獣の生々しい美しさを見せ、やっとのことで碇を頭上に掲げた姿は、命の最後の輝きを見せる。


重力に引き摺られ、後ろ向きに落下していく知盛に、壮絶ではありながら、敵の手にかからず命を終える安堵を、私は感じた。


幕切れに弁慶が三度吹く法螺貝は、やがて自分達の運命もそこに重なっていくであろう武人知盛への、鎮魂の調べである。




追記:

絞るようにして転調していく三味線の音とともに、軍語りが始まる。どう語られるのだろうかと、期待が高まる。

『御注進~』と駆け込んでくる歌六演じる相模五郎の動きに、どうも切れがない。反対に、手負いのはずの歌昇演じる入江丹蔵の動きが良かった。 

  
 
 
 
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Saturday, October 17, 2009 



私にとっての『毛抜』とは、昭和54年2月、歌舞伎座で、左團次がその名を襲名した際の粂寺弾正だった。それが初めて見た『毛抜』なので、印象が強く刻まれたということもあるだろう。その線の太さと、豪胆さと、『英雄、色を好む』を地で行っているような左團次に痺れたのだ。単純な荒事は子供の心で演じるものらしいが、同じ荒事でも『毛抜』は違っている。もっと『男』がむせ返るようにある。当時の左團次は38歳だったのか。その壮年の男の色気に、私は完全にやられてしまった。


その『毛抜』は、NHKの録画中継だった。生で初めて見たのは、昭和57年6月の国立劇場・歌舞伎鑑賞教室の、当時はまだ海老蔵であった当代團十郎のそれなのだが、二度目ということもあってか、それほどの印象は残っていない。


左團次はその後、歌舞伎座で一回、博多座で一回、巡業で二回、粂寺弾正を演じているので、衆目の一致するはまり役と言えるのだろう。私にとっても、『毛抜』のスタンダードは、長らく左團次の『毛抜』であった。


今回、三津五郎の演じた粂寺弾正は、どうだったか。当然のことながら、印象は違うものだった。

ただ単に線が太いというだけでない。物事を裁いていく理知的な面が強く出ていた。磁石を方位磁針に替えたところで、正確な科学からは離れてしまったのだが、歌舞伎の中で唯一の科学分野を担うという面白い演目なので、元々そのような面はある。しかし、三津五郎のニンのあるところと、その台詞廻しが、そのような印象を強調したのだと思う。


台詞の文句の豪胆さに隠れてしまいがちだが、三津五郎の台詞廻しは、ひじょうに繊細だった。ひとつひとつに豊かなニュアンスがのっていた。

敵役の八剣玄蕃を演じた團蔵の台詞も素晴らしかったのだが、明らかに、團蔵は、三津五郎の台詞のニュアンスの豊かさを目立たせるよう、自分自身の台詞の調子は抑えているのだろうと思われた。主役と脇役の関係では、当然のことなのだろう。しかし、抑えてはいても、團蔵の台詞はひじょうによく効いていた。


そのように脇にも支えられた形で、三津五郎の台詞が冴え渡る。その豊かなニュアンスののり方は、それぞれの台詞によって適度に異なってくるので、聞いていて、誠に耳に心地良い。また、一つ一つの台詞が、語尾の最後の音に至るまで、無理に引っ張ったような音でなく、言ってみれば、無声音ではなく有声音で、先細りしない。最後までしっかりと声が出ていて、スパッと終わるので、誠に切れがいい。そして、特に独白の台詞のところで、例えば、毛抜と小柄が踊り、キセルが踊らぬのを確かめるところなど、言葉と言葉の間が、私が想像する長さより少しずつ詰まっていて、畳み掛けるように進んでいき、テンポがいい。この台詞のテンポが、芝居全体のテンポとなり、だれるところがなく、全体を引き締めていた。その感覚は、芝居を見終わった後に充実感として残った。


しかし、三津五郎の本来の声というのは、どういう声だったのか、分からなくなってしまう。8月歌舞伎座の『お国と五平』の池田友之丞の三津五郎とは、声の質まで全然違っているように思える。この役の三津五郎が、私はとても好きだ。しかし、『六歌仙』にも魅了された。なんて、懐の深い役者なのだろう。


見得もことごとく美しく、力強く決まっていた。その空間と時間の使い方に、確かな荒事の感覚がある。


魁春の腰元巻絹との絡みは、最初から好色な目つきを向けていたのだが、巳之助の秀太郎にはやはり遠慮があるように感じられた。それは、仕方ない。


左團次の粂寺弾正は別に置くとして、三津五郎によって、新しい『毛抜』のスタンダードを持つことができたような気がしている。

 
 
 
Tuesday, October 13, 2009 



舞台にのった役者たちの、それぞれの役柄の違いを楽しむ狂言なのだが、人数が多すぎて、しかも一斉に動くので、目移りがして、充分に楽しむことができなかった。もう少し人数を減らしてくれるなり、何段階かに分けて登場してくれるなり、多少なりとも見せたいところに観客の目を導いていくような造りにしてくれないものだろうか。しかし、それでは『だんまり』でなくなってしまうのだ。


楽しみたい気持ちはいっぱいなのに、役者のそれぞれに視点を定める余裕もないまま、あれよあれよという間に終わってしまった。それが悔しい。『だんまり』とは、そういうものと分かってはいても、何か、独特の楽しみ方があるんじゃないか。それを見つけたい。再度17日に観劇の予定なのだが、そうでもしないと、このままでは、『せっかくの役者の贅沢な並びを、楽しむことができなかった』と、また、同じ後悔を繰り返してしまうことになりそうだ。


『対面』も『暫』も、この『だんまり』と同じように、それぞれの役者が自分のニンである役柄に扮し、鮮やかにその役柄の違いを見せ、あらゆる役柄が並列の位置で並ぶ面白さを見せる狂言である。役柄の見本市と言ってもいい。殊に『暫』は、同じ役柄、同じ扮装の複数の役者が登場し、そうであるからこそ、渡っていく台詞や、同じタイミングで作られる見得の形に、それぞれの役者の個性が出る。その役者の個性に愛着を持っているファンを、素直に面白がらせてくれるのだ。


また、『対面』においては、並列に置かれたそれぞれの役が、舞台上で一つの美しい視覚的バランスを作ったところで、工藤が二重から下りて、高座に移動する。工藤が移動することによって、大磯の虎が動き、化粧坂の少将が動き、朝比奈が動く。荒事の五郎と和事の十郎が登場し、一度落ち着いた視覚的バランスが、ダイナミックに組み替えられる。父の仇への怒りが抑え切れずいきり立つ五郎と、それをギリギリのところで制する十郎というドラマ性以上に、その祝祭的な『ハレ』の空間がダイナミックな組み替えによって、美しさを増してみせることに、ただ圧倒されて、この狂言は終わるのだ。


さて、問題は『だんまり』だ。

かつて見た『宮島だんまり』も、今回見た『音羽嶽だんまり』と同様に、大勢の役者が舞台の上にあった。これをどう楽しむか。私に許されている時間は一瞬だ。ひたすら、贔屓の役者に照準を絞り、だれか一人を追ってみるべきなのか。一列に並んだ役者たちが、白旗を手にして同じ動きをするその瞬間に、動きの違いを見極めて楽しむべきなのか。


『だんまり』には、観客が受け取れることの許容範囲を超えた過剰な内容がある。それは、台詞からの情報ではない。役者が自分の身体を使って表現した、その役柄の情報だ。過剰な役柄の情報と、過剰な役者の個性の表出があって、『さて、どう楽しみますか?』という観客への挑戦が、『だんまり』という種類の狂言であるとすれば、それは、それで、面白い。


『だんまり』というのは、たぶん、そうなのだろう。それぞれの役者が自分のニンの役柄と自分の個性を賭けて、一歩も引くことなく、容赦なく演じる数分間に、過剰な情報が溢れ出す。つまり、これは、演じ処にある役者の後ろで、気配を消して行儀良くしているという歌舞伎の通常の作法と、対極にある状況である。


『だんまり』が何であるのかが、分かってきた。これを踏まえて、再チャレンジだ。『だんまり』を楽しんでやるぞ。




追記:

初お目見得の藤間大河君がとても小さくて、そして元気で、可愛かった。

 
 
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Monday, October 12, 2009 



玉三郎の白拍子妻菊、実は葛城山女郎蜘蛛の精、菊之助の源頼光、松緑の碓井貞光。

この三人の並びが美しい。そして、楽しい。

しかし、それを活かし切れていないと感じるのは、振りに問題があるのではないか。


6月歌舞伎座、梅玉と福助の『蝶の道行』にも、私は同じようなことを感じた。あの振りでは、二人で踊っていることの意味がない。相乗効果が生まれない。それどころか、二人で踊ることで印象が分散してしまい、踊りに核というものがない。『二人で構成する一つの舞踊』とは、とても言えない。


一人の踊りの振付よりも、二人、三人の振付のほうが、いかに踊りに一つの核を創り出すか、いかに一つの印象を創り出すかという点において、はるかに難しいだろう。二人あるいは三人が、ただ単に同じ振りを踊ればいいと、いうものではない。同じ振りであれば、確かに一つの核、一つの印象は作り出せるだろう。その強さも、二倍、三倍となったものを見せられるだろう。しかし、それだけで構成することなど、不可能だし、それでは、面白くない。


どこかに振りの重なっていく部分があれば、統一感は容易にもたらされるだろう。立役と女方の、自ずと違ってくる振りの中に、重なっていく振りを巧妙に入れ込めばいいだろう。

また、振りを強く送り出す側と、それを受ける側が、しっかりと噛み合っていれば、例えバラバラな振りであっても、一つの核、一つの印象を生み出すことができ、統一感も生まれてくるだろう。


残念ながら、この二つのポイントが、『蝶の道行』にも、『蜘蛛の拍子舞』にも、不完全な形でしか、存在しなかった。

重なりを持つ振りという点では、確かに、上手から菊之助、玉三郎、松緑と並んだ三人が、揃って後ろを向き、前を向くという、速いテンポの振りが幾度となく入るのだが、この明らかに最近加えられたのだろうと想像される振りは、全体から浮き上がってしまっている。振り自体は、二人の立役と一人の女方が全く同じ振りで揃っているのだが、そのあまりに速いテンポの故に、踊りの全体のバランスが崩れる。玉三郎の赤姫の衣装の、長い裾と袖が、当然のようにその速いテンポに付いていけず、少しずつ遅れて付いてくるのが、鮮やかに視覚に残るのだが、果たして、その効果を意図して付けた振りなのだろうか。その遅れて付いてくる感覚自体は面白いのだが、それが仇になり、他の印象は消える。振付けた人は、このことを感じなかったのだろうか。

このように、確かに、踊りに統一感を持たせるべく、重なった振りが入っているのだが、その入れ方が巧妙であったかと言うと、疑問が残る。


また、振りを送り出す側と、それを受ける側がしっかりと立ち上がり噛み合っていたかと言うと、この部分も明らかに弱かった。構成上、白拍子妻菊が仕掛ける側に廻るのだろうが、その仕掛ける強い振りがないため、受けも弱くなり、全体が平板になってしまっている。つまり、これは、物語性の要素を、充分に表現し得ていないということだろうか。そして、白拍子妻菊が、源頼光に色仕掛けで迫る鮮やかな振りがないにも関わらず、それを阻止しようと、二人の間に割って入る碓井貞光の振りのみが目に付き、不可解なバランスになっていた。前半の振りだけで言えば、物語性も走り出していかず、純粋な踊りの面白さで見せるところにも到達しておらず、舞踊の作品として、中途半端だ。


後半、玉三郎が葛城山女郎蜘蛛の精に変わってからは、勿論、次々に仕掛ける振りが繰り出されていくのだが、『土蜘蛛』や『蜘蛛絲梓弦』に較べてみると、女方の要素を強く残しているため、迫力に欠ける。題材は同じでも、違う味わいを追求した舞踊だということは分かっているつもりだが、どうしても、比較の目で見てしまうのだ。それは、仕方のないことだ。


複数の踊り手が登場することで、自然とより強い印象を期待してしまうので、それがもたらされないと、失望感が大きくなる。幾度となく宙に投げられる蜘蛛の白い糸や、前半と後半の間に入る大きな蜘蛛の着ぐるみの立ち廻りに印象をもっていかれるようでは、仕方がない。

そのあらゆる演出を入れ込み、印象をばらけさせてしまう、大衆受けを狙う緩さが、歌舞伎の舞踊劇だと言ってしまえばそれまでなのだが、中心に来るのは、やはり踊りの質ということであってほしい。


女郎蜘蛛の精に変じてから、被布を被って舞台を移動しているところの、不穏な空気が徐々に高まっていくところは、唯一面白いと思った。

しかし、私の期待していた踊りの純粋な快感というものは、遂に訪れることがなかった。踊り手は揃っているのに、それを活かす振りが用意されていないというのは、実に残念なことだ。

 
  
 
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Monday, October 12, 2009 



『閨の秘め事』を見せられているような気がした。とは言っても、これはあからさまな意味ではない。


舞台の上には、兄の孫右衛門がいる。しかし、そんなことは構わない。治兵衛は、小春と二人閨にいる時のような、裸の心を見せるのだ。


孫右衛門は血を分けた兄であり、気の置けぬ間柄である。今日も治兵衛を責めるために、ここに足を運んだのではない。小春との縁を切るよう治兵衛を諭すために、出向いてきたのだ。

段四郎は、今まで見たどの孫右衛門にもまして、愛情を持って治兵衛を説得し、最後まで治兵衛の男を立ててやろうとする、心優しい兄であったと思う。小春の懐におさんからの文を見つけた後、小春への感謝の気持ちを滲ませる辺りにも、孫右衛門という情を知った人物の、真実の表現があった。


傍らにいるのが、そんな孫右衛門であったから、治兵衛は自分をさらけ出して、小春に向かっていくのだろう。

障子越しに短刀を突き立てるほど逆上した治兵衛は、その客が兄であると知った後、座敷に上がり、『ええ、畜生め、狐め、太兵衛より先に、うぬを…』と、幾度も小春を足蹴にする。


『三年この方、あの古狸にだまされて、妻子は元より一家一門袖になし、身代の手縺れも、小春という屋尻(やじり)切りに誑かされて。あの今という今、目が覚めた。なあ、もうし、これえ、ほんまに今思い切りました』

『…こっちも太兵衛への面当てに、派手に心中しようかと言うたら、そんなら派手に心中すると言うて、こういう揃いまで拵えて、そんなら死んで下さんせ。いや、そんな事、いつ言うたえ、わしは言わぬが、われが言うたがな。よう今まで、だましてくれた。狐め、狸め、今日という今日、思い切った。おお、思い切った』と、自分の思いを余すことなく、さらけ出す。小春への気持ちを恥じもせず、照れもせず、素直にさらけ出してしまう。この近松の書いた台詞が良いということもあろう。しかし、その全てをさらけ出す様、裸の心を見せる様が、坂田藤十郎ならではのことと、私は思った。

心を全てさらけ出すという、外に向かって開き切った芝居というのは、容易なことだろうか。藤十郎は自分をさらけ出しているのではない。治兵衛という役をしっかりと造形した上で、その治兵衛をさらけ出しているのだ。

そして、その治兵衛の造形が、ありきたりのものではない。その味わいの深さに魅了される。
小春の裏切りに、短刀を持ち出し、足蹴にするほど、治兵衛は逆上しているのだが、その怒りに任せて小春に向かっていく様が、単純な怒りの表現に止まっていない。強い感情に駆られる演技など、どんな大根役者にだってできる。それは、強い感情というものが、役者の人間としての素から発することのできるものだからだ。従って、その強い感情の土台となっているその役の実在感が、同時に演じられるかどうかが、問題だ。強い感情に引き摺られていかない、その役の実在感こそが、真に演じられるべきことだ。
そこには、なんと確かな治兵衛がいたことだろう。今の治兵衛だけではない。今までの治兵衛が見える。治兵衛が小春に馴染んできた三年間がそのままに見える。治兵衛の裸の心が、小春の裸の心に向き合ってきた三年間がそのままに見える。圧倒的な実在感だ。


『河庄の場』からは、ほどよい柔らか味と、滑稽味が伝わってくる。治兵衛がありきたりの造形の治兵衛であったならば、類型に落ちた治兵衛であったならば、この印象は生まれてこないのではないか。
なにも治兵衛が滑稽なことを言っているのではない。治兵衛の心情からすれば、至極当然なことを言っている。しかし、それを滑稽と感じてしまうほど、この藤十郎の治兵衛には、唯一無二のものがあるのだ。私達が『その場面においてはこうであるだろう』と類推する治兵衛を超えていくような個性がある。真実の姿は、常に私達の浅い想像を超える。私達は面食らう。確かすぎるほどに実在する、藤十郎の治兵衛に面食らう。興味を引かれ、見守る。その治兵衛という人間が好きになる。自分とは違った個性の、治兵衛の一挙手一投足が、微笑ましく思える。それを、滑稽さとして受け取ることになる。そんな治兵衛が舞台の上にあったように思う。

この上方の役者は、全く並ではないのだ。坂田藤十郎の至芸を見せ付けられたような気がする。


徹底的なリアリティーが要求される、このような上方の和事の演技は、誤魔化しようがなく、逃げ場がないということで、難易度が高い。上手いか、上手くないか、見せられるのか、見せられないのか、惹かれる演技なのか、そうでないのか、即座に、シビアな判断が下される。
実在感・リアリティーをこそ大事にしたい狂言で、それを欠くことは致命的だ。
藤十郎が演じる上方の狂言と、藤十郎が出演しない上方の狂言を、並べて見てみたいものだ。当然あるはずのものが無くなっていて、その歴然たる違いに、私は愕然とするかもしれない。

藤十郎の稀なる芸を見るにつけ、上方和事の将来は大丈夫なのだろうか…と、心配になってくる。




追記:

この『河庄の場』に続く形で、『紙治の場』が見たい。また、二人が心中をする大阪綱島の大長寺の『心中の場』が見たい。この『河庄の場』の滑稽味と、『紙治の場』の深刻さ、『心中の場』の悲惨さは、相容れないように思えるのだが、通しで上演された時に、この『河庄の場』が、どのように位置付けられるのかを、実際の舞台で見てみたいと思う。

 
  
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