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Last Updated: 10/16/2009

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Wednesday, October 28, 2009 

Current mood:  indescribable
以下はすべて写しですが、整理するために貼ってます。
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まず「芸術」は何を含むか。もとのとしては主として絵画、音楽、文学、演劇、舞踏、映画を指している。しかし一定の精度を超えた技術も芸術と呼ばれ るにはふさわしいし、現に呼ばれる場面もしばしば見受けるだろう。いったい何が芸術なのか、その評価方法を考えてみたいし、共有しておいて損はないはず だ。
 まず踏まえておきたいことは芸術の価値を数値で表すと市場価値とモノ自体の価値がある。その芸術というモノの価値について考え直してみたい。

1.芸術とは文化の継承である

  これは学校で教わることができるだろう。いわゆる表現手法というのは古代から現代に至るまで基礎は同じである(と多くの場合解釈されている)。絵画表現に 於いてまっすぐの線を書ける人間は空間図形をきれいに表現できるし、音楽表現に於いてコードをある程度理解してこなせる人間は即興のジャズセッションにも対応できる。その手法としての技術の継承は学校で教えられる。
 そしてその「基礎」こそ世界各国ですこしずつズレをもっており、このズレ、差異こそが「文化」である。
 例えば舞台芸術の世界で「泣く仕草」をするとしよう。日本人は顔を隠したり床に伏せることで深い悲しみを表現するが、キリスト教圏では天を仰ぎ神に訴えかけるような仕草をする。芸術を解釈しようとすることは文化の解釈とそれを解釈しうるだけの教養が求められる。
 

2.芸術とは歴史である

 その時代を生きたからこそ生まれた作品というのは多い。絵画や歌はつくりたいからつくるモノではない。そこに使命感が存在するからこそつくるのだ。学校で学ぶゲルニカロミオとジュリエットなどはわかりやすいだろう。戦争の最中の精神状態や戦争の悲惨さを表現する作品は多く、現代に語り継がれているものも多い。「芸術は戦争との対比でしか語り得ない」とする言葉があるくらいだ。
 アウトプットするためには情報をインプットしなければならない。そのインプットの多くが時代背景に影響を受けるというのは想像に難くないだろう。その背景を読み解く行為、その背景を読み取れるという事に資料的な価値があるのである。

3.芸術とは政治である

 様々な時代背景から生まれたからこそ主張を有する芸術も多い。上記のゲルニカという作品には戦争という時代背景を中心に、「反戦」という政治的主張が存在する。同様に坂本龍一やジョンレノンの歌には単純化すると「ラブ&ピース」のような主張が存在するし、黒人文化には奴隷だったという背景を前提に多くのモノが「自由であるべき」を訴えるという政治的主張が存在した。
  もしくは現代の依存的恋愛を風刺した歌や文学は非常に注目を集める。風刺とは「社会のその状態に対して皆が考えるべきである」という主張が含まれる。若者 がその表現に共感するのであればそれは芸術と呼んでかまわないだろうし、なぜ共感するかを考えるという行為やその対象となる作品自体に政治的価値がある。

4.芸術とは思想・哲学である

 芸術は思想や哲学を表現する手段だ。ある画家は「光はぼやけている」と風景画の風景と空間の輪郭をわざとぼかすように塗りつぶし、ある有名な画家は「人と物は相容れない」と境界線をわざと強調してデッサンを行う。性欲とか女性とか、そこにあるもの・感じるモノを思想として芸術に納めるため表現技術は発達してきた。
 同時にこの文化や技術を継承しながらどれだけその型を破壊したかという部分も注視すべきだ。ピカソは写実の天才であったが、「モノをそのまま描く必要はないのではないか」という思想からあの有名な画風になった。と同時に他のアーティスト達を刺激し様々な絵画手法や主義を誕生させた。インターネットの無かった時代のこうしたメッセージ性こそが芸術の本質かもしれない。アカデミックにどのような思想・哲学を表現しているか、筆一本に込められ手いるモノを読み取る行為とその対象となる作品こそ、学術的な価値がある。
 

5.芸術とはその時代の技術の限界である

 ここを読んでもらうと早いのだが、価値のある芸術はその時代において新規性となる要素が必ず含まれている。別に多くの技術や文化を踏襲していてかまわない。それに何か新しい要素を一つだけ組み合わせるのだ。
 例えば世界一直角な金属が存在する。これは垂直な地面から東京タワーの高さまで線を引っ張っても数センチ数ミリの誤差しかでないという技術の結晶で、「芸術の域」と呼ばれるものである。直角な金属はそれまでも存在したが「現代の技術でしか再現できない精度」という新規性を組み合わせたことに価値がある。音楽も同様で、エレクトロポップが流行っているが、従来の音楽の蓄積された文化や技術に加えて現代の音楽編集技術を組み合わせているからこそ、その音楽達に価値があるのだ。

6.芸術とは言い訳である

 "自分の中にあるなにかを肯定する行為"としての表現活動の方が実際はメジャーであり、その中の「人に伝わる技術」の優れたモノを芸術と呼ぶ場合がある。例えば「角のないカブトムシ」を描いてタイトルを伝えずにカブトムシだとわからせる表現は価値がある。いないモノを創造してそれを肯定するために表現と言う手段は存在する。
  もしくは自己防衛活動として、「僕が女性の裸を好きなのは性欲でなく芸術性があるからだ」と言い聞かせる場合もある。大なり小なり「芸術」にはそういう使 い方がある。自分の分身としての芸術、芸術に属人的な価値は見いだす必要はないが、解釈の一つとしてそういう部分があるというのは踏まえておきたい。

何がすごいのか評価する力がないからこそ同調したりとか感動したりとか、そんな言い方になる。

 芸術を学ぶことで豊かな心をと言う主張が繰り返されることを受けて今回の記事を書くに至った。読んでわかるとおり芸術鑑賞とは文化の理解・継承にこそ価値があり、情操とか宗教的な力はない。むしろ芸術を通して社会を学ぶことにこそ価値がある。
 読書感想文を 書かせて「共感できました、すごかったです。」、ダンスを見せては「かっこよかったです」「ポーズが斬新でした」、絵を見ては「絵がキレイでした」「癒さ れました」。そんなものは鑑賞ではない。オークションで奇抜な芸術作品に高値がついたと言うニュースが年に数回ネットを賑わせる。しかし、作品に共感でき る、同調できる、斬新さを感じるなどは市場価値を高める行為でしかなく、本当の芸術としてのモノの価値を問い直す事は難しい。確実に評価できる能力がある と言うだけでも実はすごいことなのである。
 これらの視点からその芸術の価値を再発見することで教科書に書かれた作品がいかにす ごいモノなのか、美術館に展示されているモノがいかにただの作品じゃないのかがわかるはずだ。音楽や映画がくだらないかどうかも、自分の感性による主観で なく、一度この視点で考え直してみる必要があるだろう。

 多分美大なんかでは一番最初に教えられる事だと 思うし、多くの人がぼんやり感じていたことを文章に直してみただけなので特に真新しい部分は無いと思う。だがアーティストが必死で勉強して使命感から主義 主張のある芸術を作っても正当に評価されないというのはやはり悲しい部分ではある。

Tuesday, October 06, 2009 

Current mood:  animated
読みたい本のメモとなります。

銃・病原菌・鉄(上)
銃・病原菌・鉄(下)
世界の富や権力は、なぜ現在あるような形で分配されてしまったのか? たとえば、なぜヨーロッパの人々がアフリカや南北アメリカ、オーストラリアを征服し、どうしてその逆ではないのか? この究極の問いをとことんまで追いかける。
 その謎解きがスゴい。単に仮説を積み重ねてストーリーをつむぎだす「物語作家」ではなく、科学者が見た人類史であるところがミソなんだ。必ず客観 的データによって検証を行っている。仮説を裏付けるエビデンスのひとつひとつは、炭素年代測定法やDNA解析を用いた科学的手法に裏付けられており、強い説得力を持っている。
 数千~数万年単位の歴史を、猛スピードでさかのぼり、駆け下りる。大陸塊を横長・縦長で比較しようとする巨大視線を持つ一方で、たった16キロの 海峡に経だれられた文化の断絶ポイントを示す。時間のスケールを自在にあやつり、Google Earth をグルグルまわす酩酊感と一緒。地球酔いしそうな人類史から明かされる「富の偏在」の謎――それは、驚くとともに納得できるだけの理由をもっているぞ。

古典というより教典。小説、シナリオなど、創作にかかわる人は必読。
 著者アリストテレスは、悲劇や叙事詩を念頭においているが、わたしはフィクション全般に読み替えた。フィクションを創造するにあたり、観客(読み手)に最も強力なインパクトを与え、感情を呼び起こすにはどうすればよいか?構成は?尺は?キャラクターは?描写は?本書には、「解」そのものがある。
 著者に言わせると、わたしたちヒトは、「再現」を好むのだという。この概念はミーメーシスといい、模倣とも再生とも翻訳される。現実そのものを見 るのは不快で、その現実を模倣したもの――演劇だったり彫刻、絵画だったりする――を見るのを喜ぶのだという。彫刻や舞台を用いることで、これは「あの現 実を模倣したのだ」とあれこれ考えたり語り合うことに、快楽をおぼえるのだ。
 創作のデザインパターンともいえる一冊。小説、シナリオなど、創作にかかわる人は、ぜひ読んでほしい。読み手に快楽を与える原則があるのだから。

建築デザイナー向けだが、システム屋のわたしにも効果大のスゴ本。
 本書は、建築タイポロジーの解説ではないし、建築デザイン・テクニック集でもない。仮に本書が建築デザインについての形式論・類型論だったなら、わたしにとって、何の役にも立たないだろう。
 しかし、デザイナーとしての才能やテクニックに関係なく、つくるキモチに焦点を当てている。たとえば、場のつくりかた、発意の仕方、他者との共有 方法を理解することで、どういう瞬間にプロジェクトが「まわって」いるかを感じとれる。いちいち具体的で、かつ、そのままITプロジェクトにハマる。
 デザインプロジェクトに効く63のキーワードと、現場の会話ログを追いかけるうちに、プロジェクトを「まわす」のに建築もシステムも大差なく見えてくる。つくる「モノ」は違えども、つくる「コト」は同じなのだから。

 「眼の経験値」を上げるスゴ本。
いデザインを見ることで、眼が肥える。同時に素材に対し、「いいデザイン」であるとはどんな表現なのかを感じ取れるようになる。いままで「感性を磨く」という言葉で片付けられていた経験は、「本書を読む/視る」に置き換えてもいい。
 スーパーマンからマッドマックス、ピカソやエッシャー、ウォーホルといった実例がてんこ盛りで、絵画や写真、タイポグラフィやイラストから、デザ インの手法・見方が紹介される。モノとカタチ、デザイナーはこれらをどのように見ているのかが、デザイナー自身の言葉で語られる。なじみ深い作品を入口と して追いかけているうちに、いつしか自分の見方を変えてしまうぐらいの破壊力をもつ。
 たとえば、映画のストーリーを視覚化する試みがある。ストーリーを構成するキャラクターや出来事、関係性などが、アイコンや矢印、タイポグラフィ や色で表現される。一種の逆転の発想だ。つまり、脚本を映像化したのが「映画」なのではなく、キャラやイベントはアイコンのようにドラッグ&ド ロップ可能に思えてくる。
 その例として、「遊星からの物体X」のチャートがある。エイリアンが誰の人体を乗っ取っていくかがアイコン化されたグラフックで描かれるのだが、 これを「アート」というよりも、動的ストーリーと呼びたい。ホラー映画が、アイコンの動きに応じて二転三転していく、いわば「ストーリー・シミュレー ター」のように見えてくる。
 異なる回路がつながってゆき、自分の認識が開かれていく、デザイン・アイディアの思考展――そんな経験ができる。そう、「読む」というより「経験する」一冊。
 舌を肥やすように、眼を肥やすべし。

知的複眼思考法
学生向けの、論理思考指南書なんだが、そこらのロジシン本を蹴散らす出来。
 読むべきは、第3章「問いの立てかたと展開のしかた」。ここでは、MECEとなるための思考方法を説明してくれる。実は、優れたツリーの裏側に何 十枚もの「デッサン」がある。書いちゃ捨て、拾っては直しのスクラップ&ビルドが必要なんだが、フツーの指南本はそこを省く。本書には「デッサン」の線が 沢山見えてくる。
 あるいは、アウトプットのための手法に限らず、インプットも批判的にできる。第1章「創造的読書で思考力を鍛える」が素晴らしく、ここを読むだけ で、以降、目的を持った読書ができることを請合う。学生さんを想定しているため、噛み砕き具合がハンパじゃなく、まさに「読めば分かる」一冊として仕上 がっている。

SF史上不朽の名作。
 地球上空に、突如として現れた巨大な宇宙船――というベタな話と思いきや、SFとしてだけでなく、ミステリとしても超一級のおもしろさをお約束。 あるいは、感傷を超越して、自分ではどうしようもない、取り返しのつかないものを眺めている―― そんな気分を味わうこともできる(わたしの場合、ラストの件で思わず涙してしまった)。
 ハヤカワ文庫で読んだのだが、光文社から新訳が出ている。第一部が改稿されており、amazon評を見る限り、新訳のほうが良い出来とのこと。このblogを読むような方なら既読だろうが、万が一、未読なら、是非読むべし。

超スゴ本。読みながらのたうちまわった。よじれたのは脳と腹。もだえたのは尻と口。
 この、みょうちきりんな体験は、ええと、ジョイスやバロウズ、ギブスンや尾崎翠やツツイヤスタカと比較したくなるけれど、そういう 無★粋★な★こ★と はしない。お高くとまりやがって批評する奴ぁ漬物石くくりつけて日本海に沈めちまえ。
 読者は考えること禁止な。ひたすら没入・挿入・チン入を強要させられる。身もココロもヘトヘトにさせられる。本とファックする感覚。うん、本書の紹介に「実験小説」とあるが、実験台にされているのは読者だな(断言)。
 ストーリーなんてページをめくらせるための方便。食べられるように読まされる。typoではない。本が襲いかかってきて、食べられる感覚。冷静に 読ませてくれない。下品、汚猥、造語、駄洒落、鏡言葉(Ind'dni)、Double Meaning、アメコミ、抽象画像?崩壊した言語感覚のタレ流しなら、クダラナイの4文字で済むが1文字足りない。イが足りない言い足りない。やヴァ い、脳がヤられるるるるるるるるるるる。
 完全にぶっこわれた小説。脳がねじくれるような感覚を味わうならオススメ。わたしみたく一緒になって壊れないように。読み手を選ぶ、しかも激しく。赤い表紙だ。本屋で試してみろ!

お借りしたサイト:http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2009/10/100-7590.html

Wednesday, July 08, 2009 
風鈴を作った。
つけた。

「風が 風鈴を鳴らすのを 楽しんでいるよう」


うちは、いつもより 風が動いている。
Monday, May 04, 2009 

Current mood:  thankful




昨日、前から楽しみにしていた
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭 2009 「バッハとヨーロッパ」 東京国際フォーラム全館および丸の内エリア 2009年4月28日(火)〜5月5日(火)

http://www.lfj.jp/lfj_2009/

に行って来た。
俺の行ったプログラムは、ルネ マンタン氏によるお話も聴けた。
うん。満足だ。。

音楽界第一線で活躍したり注目を集める友達も何人かいるけど、
その友人なりの悩みがあったりする。
今回の演奏者も そうなのだろう。
音楽に疎い俺からしたらクダラナイ悩みなのだけど、
悩む本人のそんなギリギリの事がギリギリの緊張感と相俟ってたりするんじゃないかと思う。
演奏の中で細かな思いは いっぱい巡ったりするのだけど
今回、後にも先にも共通して感じた事は、

・「音に酔っている=酔おうとしている」
・「張りがある」
・「迷いが無い」
・「本人がノッている」
・「本人がカッコいいと理解している」
     ets…

こんな事を感じた。
日々の練習や研究で突き詰めて突き詰めて生まれる今回の音は、
演奏者のギリギリの緊張の音が
聴く側にこの様な印象を与える表裏一体の本質を作り出しているんだと
感銘を受けた。

取り組む側に、【好き】・【興味】がなければ、
研究や修正、方向性の明確化が困難で
なかなかここまで素晴らしい作品は生まれてこないのだろう。

あまりに良かったんで、今日も行ってこようと思ってる。




Monday, April 06, 2009 

Current mood:  thankful
A, 僕なら、簡単に壊す事の出来る、超高層建築物を作りたい。

といっても、

A', 人間は間違いを犯す生物である事が前提とした場合、
思想は時間と共に更新していってるもの。

経済成長と共に超高層ビルをバカバカ建ててきて、
萎む時は要らなくなり
ぶっ壊すか、別の利用方法をその時に考えはじめる。

・・・そりゃそうだ、金が回るから。
壊す事が前提でモノに金をかけたりしない。

必ず足し算から入る事を始めに習う。

例えば、
今小学生の未来の建築家、
現在の勉強で将来 建築家になってビルを建てる。

足し算の更新をしていって、
まぁ、鉄やコンクリート、木などを使っての建造物をつくる。
これ普通の事と考える。
つくる事・生み出す事が作る側の定説となってる。

・・・いいのかな。。

このコ、小学校時代に壊す素材に出会っていたら、
リサイクル高層ビルをつくってる。

このコ、今の大人が 否否、社会全体が
自然に戻したり、サイクルをさせることが当たり前の社会になっていたら、
リサイクル高層ビルをつくってる。

物は必ず壊れるもの。
物も思想もシステムも、
壊れかけて壊れて さてどうするかではなく、
社会に対して『イコール』に成立させる事が
生み出す者の責任であるし、これからの未来を担う者の姿であるべきだ。

作る側は、誰から言われずとも、そういった事は知っていて欲しい。
作る側は、だけれども永く永く壊れない物を作って欲しい。
Wednesday, April 01, 2009 
美容室業界でお馴染みの「Shinbiyo」(業界No,1らしく[疎くてすみませんm _ _ m ])

本日4月1日発売:5月号の中表紙のグラフィックを

担当させていただきました。

今回、Shinbiyoさんもグラフィックを使うという初の試みであり、

また、2ページ同一と贅沢させてもらっちゃいました。



【「デザインが見える」パーマの必須テクニック】

http://www.shinbiyo.com/magazine/shinbiyo/2009_05/index.html#tech



美容室など行く機会があったら見てやってください。。



p.s エイプリルフールですが、特にウソというわけでもありません。

Monday, February 16, 2009 
MITメディアラボの教授、石井裕先生の講演 in 東京国際フォーラム。

◆MITにこないかと誘われ、10分だけ迷った。MITはとても厳しい世界で、数年のうちに世の中に新しい流れを作らないと生き残れないと知っていたから。でも、頂上を目指すなら険しい道のほうが早くたどり着けると思って、MITに行くことにした。

◆Reboot(再起動)しろ。「これまでと違うことをしろ。人生は短い。再起動して新しいことをやる贅沢を楽しめ」。

◆ニーズに答える「アプリケーション」を作るべきだ、という人もいる。でも、もっと大きなものがある。それは「ビジョン」だ。僕はビジョンを作っている。

◆テクノロジーの賞味期限は1年、アプリケーションの賞味期限は10年、ビジョンの賞味期限は100年。
◆新しい問い、誰も発したことがない問いを発することが大事(重力に逆らう)。

◆出すぎた杭は誰にも打てない。

◆Future is not to predict but to invent.

◆未来は予言するものではなく、それぞれが作り出すもの。いろいろな未来があるべき。

◆未来を作るには燃料が必要で、それらは、
(1)飢餓。知的に飢えること。
(2)屈辱。
(3)誇り。誇りがなければ生きていけない。
(4)情念。燃やすこと。石井先生がMITに行ったのは技術が決め手ではなく、パッションがあったから。
(5)問い。How?ではなくWhy?という質問が一番大事。
(6)哲学。Why?を5回繰り返すとそれは哲学になる。

◆2050年には、私は死にます。そして2100年には、皆さんも死にます。それから100年後、2200年の人々にどんな思い出を残してあげるか、そのことが私を動かしている。

◆世界はメタファーで満ちている。イノベーションは真空から生まれるものではなく、今すでにあるものを組み合わせて、そこからインスパイアされるもの。

◆人生は短い。そのうえ、僕に残された時間は君よりも少ないから走るんだ。
Sunday, February 15, 2009 
未来とは、過去を清算する為のモノにならない様、日々務めるべきである。
Friday, January 30, 2009 
◆理解・観察・視覚化・評価と改良・実現という五つのステップの「仕事の進め方」によるもの。
Friday, January 30, 2009 

◆積極的な価値感情を広い範囲の人々に永続的に、しかも稀に見るほど強く呼び起こすことの出来る人物

◆やる気のない天才はいない。