数ヶ月前、LOU REED ROCK AND ROLL HEART:DVDにライナーノートを書かせてもらいました。
今読み返してみると全然ほめてないしよくこの文でokになったもんだなと思います。
こんな感じです↓
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waiting for the man. いつも待たせてばかりのオレもこの曲の気持ちがよく分かる時がある。
オレにとってのLOU REEDは声とフィードバックと青ざめたロックンロールだ。これは好きな部分。
作品で云えば、VELVET UNDERGROUNDの再結成以外の全アルバム/BERLIN/TRANSFORMER
/BLUE MASK/そしてNight with LOU REEDと云うライブ映像の中でROBERT QUINEとせめぎあう
LOU REEDだ。このライブLOU REEDはギターソロの途中でギターアンプの歪みのツマミを
グイと右に回し、それまでROBERT QUINEに押され気味であったのが一気に加速していく。
*その高揚感の波がうねってゆく様がイイ。
オレにとってのLOU REEDはプードル的髪型と時折のアカデミックなサウンドだ。ここは好きじゃない部分。
オレにとっての最後のルーリードは1997年アルバム「NEW YORK」を出した頃だ。
ここが転換期らしいがそれはロックンロールの時代が終わり、ロックなルーリードさえもついに
終わってしまったと感じてしまう。この後の「MAGIC AND ROSS」からはきっとそれまで以上に
歌詞が重要な位置を占めるようになったのだろう。
だから英語が直で脳に伝わらないオレはこれ以降聴いていない。
ソロ活動を始めたばかりのLOU REEDに出会ったDAVID BOWIEの気持ちは
ソロ活動を始めたばかりの山口富士夫に出会った時のようだったんじゃないだろうか。
LOU REEDの「wild side」山口富士夫の「ヤバイ橋」。
それぞれの曲の描く世界は地球の裏側で繋がっている気がする。
SONG FOR DORELLAの来日ライブでのアンコールで聴いたPALE BLUE EYESは
TELEVISIONの来日ライブで聴いた、イントロを間違えてやり直したMARQUEE MOONのようだ。
そのココロは、、、、どちらも府抜けているでしょう、、、。また、LOU REEDはギターで
サックスのような音を出したいと云っていて、TOM VERLAINEはコルトレーンに傾倒していて
コルトレーンを聴くと、確かにTOM VERLAINEのフレーズが影響下にあるのが判る。
*JAZZにはNEW YORKを感じさせる何かがあるのだろうか。
LOU REEDの活動について駆け足でダイジェストでたどっていくこのDVDだが、LOU REEDのホントの
魅力をもっと知りたいなら1曲の中の歌詞の1行を深く掘り下げ、想いを馳せていった方が
近道だと思ったりもする。このDVDにはオレがスキなLOU REEDがあまり出てこなかったのが残念だ。
このオジサンはな、昔はスゴかったんだぞ。
そんな、かつて英雄だった近所の痴呆症の老人を指差して云うような気持ちがDVDになった。
このオジサンがどんな風にスゴかったのかを教えてくれるDVD。
ほとんど弦1本、指1本で展開していくLOU REEDのギターソロ。
あんな風にクールにブチ壊してみたい、、、、。
それだけでサウンドのほとんどを完成させるような圧倒的な声。
あんな風に暗く光って消えてみたい、、、、。
そして、ANDY WARHOLLと活動を共にしていた頃、アートと融合し一種のインスタレーションを
目指していた時でさえ、失わないロックンロールの意思。
そこにあこがれてやまないのだ、オレたちは。
(*がついている行の文は後に加筆した箇所。)
dip/qyb ヤマジカズヒデ
