11・23後楽園の夜は青義軍対CHAOSのシングル4対4、SUPER J-CUP出場選手発表、そしてメインの棚橋弘至&後藤洋央紀VS田中将斗&TAJIRIと、最近の新日本らしくひとつひとつのテーマがハッキリしていて楽しめるプログラムで盛りあがった。その中で、ひとりTAJIRIが明らかな異彩を放っているのが引っかかった。それはハッスルだからとか、WWEを経験しているという位置づけとは別のところへ理由があるように思えた。試合に関してはハッスル的な要素はいっさい混在していないし、タッグマッチだったからシングルで間をとるようなスタイルとも違う。強いていうなら善悪がわかりやすく、一発の大技で決まる理にかなった展開がトラディショナルな要素を感じさせたものの、それはそこにTAJIRIがいなくとも新日本のリングで日常的に見られる風景である。
では、その異彩の光は何によるのだろうとつぶさに見ているとこの日、出場した全選手と決定的に違う部分に気づいた。TAJIRIだけが“猫背”なのだ。普段は何気なく見ているその姿勢。「アメリカを経験しているジャパニーズレスラーは、みんなそうだからTAJIRIもそれを受け継いでいるんだろう」のひとことで片づけられてしまいそうだが、ならばなぜ彼らは猫背でいるのか。
前かがみの体勢ですぐに浮かぶのは、アマレスの基本フォームであるクラウチングスタイルである。レスリング経験者の週プロ・佐久間編集長に確認したところ「タックルに入らせないよう、相手との距離を置くための構え」となる。つまり、感覚的には低い姿勢というよりも下半身を引くことにより、そのような形を成す。しかしながらよくよく考えてみると、そうした構えによってアマレスの選手たちがオリエンタルな妖しさをかもし出しているわけではない。となると、ルーツはもっと別のところにあるはず。そこでTAJIRI本人に聞いてみた。
「あー、あれはねえ、スニーキー/sneakyを表現しているんですよ。スニーキーっていうのは“ズルい”という意味ですね。確かにカブキさんにしてもグレート・ムタにしても東洋系のキャラクターはみんな猫背ですよね。でも、僕は桜田さん(ケンドー・ナガサキ)がモデルなんです。大日本の頃に、桜田さんが常に前かがみで動いているのを見たんですよ。倒れた相手をつかんで立たせる時も棒立ちにはならない。それがすごく印象に残っていて、いつか自分も身につけたいと思っていて海外に出てから始めました。たぶん、桜田さんもアメリカに渡ってから日系キャラの先輩を見て体得したと思うんですよね。一般的にはカブキさん-グレート・ムタ-TAJIRIという流れに受け取られていると思うけど、おそらくカブキさんも桜田さんを見ているはずなんですよ。もっとさかのぼるとグレート東郷とか、ああいう時代の日系レスラーも猫背で何かズルをしそうな、何かを隠しているような雰囲気を出していたんだと思います」
Sneaky――語源が“蛇”だけに、そこには“こそこそした”“ 隠れてする”“卑劣な” “びくびくした”の意味もある。善玉のアメリカンに対する悪玉のジャパニーズという図式を表現するにあたり、それらの要素は確かに伝わりやすい。厳しいアメリカにて生き延びる上でTAJIRIが得た“気づき”ではあったが、当然ながらはじめからうまくいったわけではなかった。意識しなければ、背筋を伸ばして立ってしまっていた。猫背を体得するにも時間を要すのは、技ひとつをマスターするために反復練習を重ねるのと変わりはない。そうやって少しずつ体と神経に染み込ませて、意識せずとも常に猫背でいられるようになったのだ。リングを降りてもTAJIRIは、心なしか低い姿勢でいる印象がある。
直接的な指導を受けたり、あるいは言葉でレクチャーされたわけではないのに、こういうプロレスならではの“文化”が脈々と現代にまで受け継がれているのはじつに興味深い。思い起こせば、アメリカ人でありながら同じくスニーキーなキャラクターだったリーポマン(デモリッション・スマッシュ=バリー・ダーソウ)も前かがみで卑屈そうに動き回っていた。さらには、映画『ダークナイト』で故ヒース・レジャーが演じたバットマン・シリーズ最高傑作と評されるジョーカーも、絶妙な角度の猫背がその不気味さ、神秘性、得体の知れぬ凶悪さを際立たせていた。日本人だからではなく、猫背はノーマルの対極にある不気味な何かを表現するためのものであることが、以上の事実からもわかる。
これは仮説だが、もしも彼が姿勢をしゃんとして黒のショートタイツ姿でいたら、あそこまで新日本ファンの罵声は浴びていないような気がする。猫背の角度から上目使いで相手を見るTAJIRIの表情が“昭和の日本人顔”に映るのは、その先人たちから継承した姿勢に秘密があったようだ。